10-2 ケンタウロスの娘
魔物と人間の間に愛が芽生える事はあるのか。
一時期その答えは"No"であった。魔法の使用可否とは無関係に体内に魔力を必ず有する人間という種族は、魔物にとっては格好の餌であった。そして、魔法を使いこなす人間は、知能が人間より劣るという関係上、長らく魔物の天敵であった。互いに殺し殺される関係、それが人間と魔物、この関係性は有史以来永久不変の法則であった。
――ある種族が発見されるまでは。
それがケンタウロス族である。ケンタウロス族は人間と馬が融合したような姿形をしているが、実態は融合ではなく配合、そして馬ではなく魔物、所謂馬から派生した魔馬と呼ばれる種族の血を引いている。そしてケンタウロス族が生まれた理由は、人間の一人と魔馬の一匹が恋に落ちた事による。そうした人間と魔物の愛の結晶として生まれた種族は越境種族と呼ばれ、人間と魔物との架け橋ーーとはならなかった。むしろ彼らは魔物から迫害され、人間達からは奇異の目で見られ、どちらにも受け入れられない異端種族として扱われることとなってしまった。結果、越境種族は何処かへと消え去り、今や伝説上の存在として扱われる事が多くなった。
それが今、アクトの眼前に立っていた。
「いやー、森を抜けるのは大変だったでしょうー」
若い女性の裸の上半身に、筋骨隆々の馬の下半身を持つそのケンタウロスは、若々しくも伸びた声をアクトとシーリアにかけた。
「え?あ、えー、その」
アクトは返答と目のやり場に困った。大変に助かる申し出ではあったが、伝説上の存在が今目の前にいる事に驚愕していた。そしてその服装。全身が裸、いや、下半身の部分にだけ服のようなものを着ている。どうやらこの世界のケンタウロス族は下半身の方を重要視しているらしい、などとアクトが考えていると、その目の前が真っ暗になった。
「あー、いやー、本当に大変でした、はい」
シーリアはアクトの目をその手で隠しながら言った。
「どうしましたー?」
「いえなんでも」「前が見えない」
「煩い見るな!!女性の裸よ破廉恥よ!!」
「え?ちゃんと服は着ていますよー?」
「上!!上!!」
シーリアの「上」という言葉にも、そのケンタウロスは空を見るばかりで上半身のその姿に疑問は一切抱いていない。
「何もありませんよー。おかしな方ですねー」
「……アタシがおかしいのかしら」
「文化が違うというやつだ、そこは尊重しよう。そのためにも君、手を離してくれ」
アクトの言葉に、渋々シーリアは手を離した。
「全く……」
ケンタウロスはその反応が理解出来なかった。上半身には何かを着るという文化は無く、下半身、特に生殖器の部分は必ず隠すというのがケンタウロス族における身だしなみの全てであった。
「ああー、もしかしてー、私達の事を見るの初めてですかー?」
「あー、その、はい」
シーリアの返答にケンタウロスはハハハと笑い声を上げた。
「ああー、反応がおかしいと思いましたらー、そういうことでしたかー。まあ確かにー、私も人間さんとお会いするのは初めてですしー、びっくりですけどねー」
とても驚いているようには見えない間延びした声に、アクトは内心本当に驚いているのか疑問が湧いた。が、そのような目を向けるのは流石に彼女の理性と良心が許さなかった。シーリアは「いいから服着てくれないかな」としか考えていなかった。
「ところでまたーこんなところにー何しにいらしたんですかー?私はー森の様子がおかしいのでー来たんですけどー貴方達ですかー?」
「え、ええ。多分。物凄く恐ろしい程の量の魔物に襲われまして」
「ああー、あの方々ー危ないですよね―。我々もー苦労してましてー。我々はまー、パッと逃げられるのでいいんですけどー、結構被害も多くてー。処理してくださったのは助かりますねー」
「それで僕達、こういうブレスレットを探しておりまして」
アクトは大蠍から回収したブレスレット、エクストラクターを見せて言った。
「ふむー。うちの村じゃあ見たことないですねー」
「そうですか……」
アクトは項垂れた。疲れが更に増したような気がする。
「この先にあるみたいなんですけれど」
そう言ってシーリアはそのケンタウロスがやってきた方を指差した。
「するとーサラマンダーさんとこの村でしょうかー」
サラマンダー。アクトが元いた世界では火竜と呼ばれる種族だが、この世界では越境種族の一種である。元は爬虫類、トカゲとドラゴン。ドラゴンより非力だが、炎を吐けるという点で通常のトカゲ、爬虫類より優るというその立ち位置故に、ケンタウロス同様魔界を追放された種族とされている。
「そんなもんも居るんですか」
「この辺はーそういう魔界から追放された連中のーたまり場になってますからねー」
「へー」
シーリアは感心と無関心の間の声を上げた。彼女はそうした伝説には疎かった。
「……」
他方、アクトはそれを聞いて「あれ、まずい?」と思っていた。何故ならば、この『人住まぬ地』を魔界に献上する計画があったからである。魔王の説得材料としてこの地を持ち出したのは、誰も住んでいないと思っていたからであるが、実際にはこのように住んでいる者がいて、そして魔界から追放されたという歴史を持っている。魔界に献上でもしようものなら血を見ることになるのではないか。自分でなくとも、このケンタウロスやそのサラマンダーが。
「どうしましたー?疲れてますー?私の村で休みますか―?」
「あー、いや、なんでもないです」
それはまた後で考えようとアクトは自分に言い聞かせた。今はそれより、休んで、エクストラクターを探して、あとインジェクターも倒して……。やることは大量である。死ぬほどある、といっても差し支えないと思われた。そのような状態で他に考えることを増やすと自分の脳が焼き切れてしまうかもしれない。アクトはそれを一旦棚に置くこととした。
「お言葉に甘えて、休ませて頂いてもいいですか?」
「いいですよー。じゃあ着いてきてくださいー」
そう言うとケンタウロスは歩き出した。




