10-1 森を抜けて
「ああ、もう、酷い、目に、あった」
「ええ、ほんと、全く。疲れた」
『迷宮の森』の出口、光が差し込める木々の合間を、へとへとになりながらアクトとシーリアの二人はゆっくりと歩みを進めていた。
彼らの歩いてきた道には、魔物の死骸が大量に転がっている。全て彼らを襲った者達である。
あの大蠍は彼が自ら語った通り、この森で最も強い魔物であった。他の魔物達は、彼の餌を奪う事が死に繋がる事を理解していたがためにアクト達を襲わなかった。
そんな大蠍が倒れたらどうなるかと言えば簡単で、彼の餌になるはずだった者達の奪い合いである。
主を倒した相手を倒せば自分が新たな主になる。そういう野心も込みで、魔物達はアクト達へと襲いかかった。それはもう、筆舌に尽くしがたい程の大群であった。何故この森を抜けられる人間が少ないのかを改めて理解させられる程の物量作戦に見舞われたアクトは、立ち直ったシーリアと共に何とか叩きのめしながら、大蠍を倒した後にコンパスが反応する先を目指した。
その結果がこの疲労感である。全身はおろか足一本動かす事がほぼほぼ難しくなっている。完全に体力が不足している。
「ど、こか、休む、ところ、探しましょう」
「ここに、ぜえ、あるの?」
シーリアの言う"ここ"とは即ち、コンパスが指した先、森の出口の先に存在する『人の住まぬ地』である。名前の通り人が住んでいないこの場所。目的地ではあったわけだが、果たしてこのような場所で休む事が出来るのだろうか。
「とも、かく、ちょっと、ストップ」
そう言うとアクトはしゃがみこんだ。もう一歩も歩けない程にクタクタであった。彼がしゃがみこんだのには、森の出口から先には魔物達が追ってこなかったというのもあるが、それでも完全に無防備な状態になるというのは彼自身も躊躇うものはあった。が、もはやそのような事実は二の次であった。とにかく、休みたい。ただそれだけであった。
「ひぃ、ひぃ。もう、アタシも、限界」
それはシーリアもである。シーリアは無敵である。フィナの軍も蹴散らす程の武力も兼ね備えている。が、そんな彼女にとってもこの森での闘いは過酷であった。大蠍の生んだ霧のような、先の道を見失わせる魔法を使う相手もいた。物凄い速度で先回りして襲ってくる相手もいた。装甲が固くそれを抜くのに大変苦労させられた相手もいた。そうした連中全てに相対し撃破しながら、深い深い森の中を歩き続けたわけで、いくら化物のようなシーリアであっても限界というものは訪れるものであった。彼女は化物かもしれないが、同時に人間でもあった。
と、アクトは森とは反対側、『人の住まぬ地』の奥の方から何かか歩いてくるのを見た。
「げぇ……」
アクトはげんなりした。また魔物だろうか。多分魔物だろう。何故ならここに人間はいないだろうからだ。
「もう……」
少し休もうと地面に大きな尻をつけたシーリアがやれやれとばかりに立ち上がった。いくら疲れていても、身の危険は払わねばならない。
「えー、まさかー、人間ー?おーいー!!人間さんー!!」
だがその影は手を振りながらこちらに近づいてきた。
陽の光で影しか見えないが、それは球状の頭部、二本の腕、二本の脚。首もある。人間のように見えた。
「人だ!!」
シーリアの目に輝きが戻った。人と出会えた。それは彼女にとって驚愕すべき出来事であり、同時に歓喜すべき事でもあった。これで漸くゆっくり休めるかもしれない。盗賊とかでなければ。
が、アクトは気づいていた。
「いや人じゃない。人なら「人間さん」なんて言わないだろう。それに」
それに、アクトにはその影の足元に気付いていた。よくよく見ると、脚が四本ある事に。
と、その影がはっきりと姿として見えるようになり、
「は!?」
シーリアは絶句した。
「まさかー生きた人間に会えるなんてー!!何百年ぶりでしょうかー!!私は会ったことありませんがー!!ともあれようこそー!!ホスの村へー!!」
間の伸びたような声を上げたその姿は、上半身が女性の人間で下半身が馬、ケンタウロスと呼ばれる越境種族のそれであった。




