9-5 迷宮の主
紫色の殻に身を包んだ巨大な蠍は、その体躯の半分以上を占める長い尾を擡げ、そして鋭い鋏をカチカチと打ち鳴らした。
アクトはその巨体に目眩のする気分であった。地面を這いその六本足で駆け回るというイメージであった。目の前にいる蠍は確かにそのイメージ通りの動きをするのだが、特筆すべきはその胴体の高さである。アクトの身長と同等である。従ってアクトの眼前に巨大な蠍の頭部が、涎かそれ以外の体液か分からない液体をダラリと垂らしている。
「うぎぇ……」
シーリアは虫があまり、いや、全く好きでは無かった。毒持ちの虫などは特に苦手だった。彼女のスキルは『無敵』。毒も無効化する。が、それでもチクチクと痒みや痛みを伴う事は変わらない。なので蚊のような刺してくる相手や毒持ちの蛇や蜘蛛などはあまり好みでは無かった。そもそもその姿形が好きではないというのもあった。
眼前の相手などはまさしく自分の嫌う虫の姿そのものであった。体液を垂らし、多足をかさかさと動かし、人間では出来ないような動きで近寄ってくる。生理的な嫌悪感が体の奥底から湧き出てくるのを感じていた。
「ジャジャジャジャジャ!!気付かなければゆっくり喰らってやったというのに!!」
不気味と言う他ないその蠍は人間の言葉を発し二人を嘲笑すると、その擡げた尾、鋭い針のついたそれをアクト達に向けて撃ち出した。
「それは困る!!」
『フットバスター!!』『カットモード!!』
フットバスターの刃でそれを弾き、アクトはシーリアを庇うようにして巨大蠍に対峙する。胴体も巨大なら尾も巨大なのは道理というもので、その針は鋭利であるにも関わらず太いという相反する形容をする他無い程に理不尽な物であった。アクトは思う。これなら地球の蠍の方が遥かにマシだったと。彼には、針が刺さると毒をくらうという問題ではなく、もしドラゴンフォースをつけていなければ胴体に穴が空くだろうと確信出来た。おそらく、擬態していた死体のように。
「この森の犠牲者はお前のせいか?!」
「ジャジャジャ。私だけではない。他にも色んな魔物が君達を狙っている。まぁ私が狙っている間手を出したりはしないがね。私に敵う者はいないのだから」
そう言うと蠍は尾を次々に突き出す。鋭くも巨大な針がアクト目掛けて次々に飛来する。
ドラゴンのバイザーに映るその軌道に合わせてフットバスターを振るい、それを弾く、弾く、弾く。
「ジャジャジャジャ。随分とやるなあ。それが君のエクストラクターの力か」
「君のは、擬態か」
速度が増していく攻撃。アクトは紙一重で、シーリアの存在も考慮しながら何とか躱していく。
「如何にも。私は魔物の肉体に十分満足していたせいか、エクストラクターは私に餌を誘き寄せる力をくれた。どうやらこいつは、適合者の望む力をくれるようだな」
「その、エクストラクターは、どこで?」
「私の犠牲となった冒険者が持っていたよ。適合しなかったらしく宝の持ち腐れだったがね。君達もすぐそうなるから安心したまえ」
不気味な笑みを浮かべながら突きを続け、かと思うと二本の鋏でアクトの肉体を切り裂かんとしてくる。
ドラゴンフォースの鎧のお陰である程度は耐えられるだろうとは思っているが、それでも恐怖の方が勝った。胴体が真っ二つに分かれ上半身と下半身が永遠の別れを果たす事は避けなければならない。アクトはフットバスターをかの宇宙戦争の騎士の如く振り回し三方からの連続攻撃を躱す、躱す、躱す。
手数が圧倒的に上回られている。アクトは焦りを感じていた。体力に関してはある程度ドラゴンフォースが担保してくれるが、それでもいつかは限界が来る。
次々に繰り出される攻撃の合間、チラと後ろを見る。シーリアは未だ怯えている。こんな彼女を見たのは初めてかもしれない。
僕が何とかせねば。
アクトは決意を新たにした。
「シーリア!!」
アクトは叫ぶと、彼女の体を抱え後退した。
「ふぇっ!?」
蠍の生理的恐怖に凍りついていたシーリアは、突然の硬い鎧の接触に戸惑いの声を上げつつも、それがアクトであることを理解すると、彼に体を預けた。
「ジャジャジャ、逃すと思うか」
アクトの背中に巨大で鋭利な毒針が迫る。
「っ!!」
アクトはシーリアを抱きかかえながら地面を転がり、大木を挟むようにして大蠍と距離を取った。
ブスッ、という音と共に大木に蠍の針が突き刺さる。
「ちっ」
蠍は舌打ちのような声を上げると、尾を引いて元の位置に戻す。大木には穴が空き、その穴から蠍の顔が覗き込む。と同時に、大木の傷跡がしゅーしゅーという音を立てて溶け始めた。蠍の毒によるものだろう、アクトはその即効力と威力に恐怖しつつも、今一番恐怖しているであろう彼女の方に向き直る。
「此処は僕にまかせて!!」
そういうとアクトはシーリアの肩をしっかりと掴み、そして立ち上がった。
「う、ん」
アクトにこのような行動を取られるとは思っていなかったシーリアは、一体何が起きているのか、そして彼に肩を掴まれた時に心に湧き上がった感情が何であるか理解出来ずにいた。




