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9-3 死体

「し、死体……腐ってる?」


 アクトは何故か落ち着いてきた。自分達以外の人間を見たためか、或いは先程までの自分と真逆に怯え始めたからか。何にせよ少し楽になった気がした。


「腐って、る。穴には血、当然か」


 その穴はひどく歪で、機械や武器でつけられたような綺麗な切断面ではない。引き千切れた、あるいは抉られたという表現が適切であろうか。荒々しくもぎ取られたような跡であった。ぐちゃぐちゃと内臓と肉がーー


「うげぇ」


 シーリアが遠くを見つめた。


「あんまり細かく見ても仕方ないか。ともかく魔物にやられたのは間違いない。気をつけよう」


 アクトはそういうと立ち上がる。


「こっちか」


 コンパスを見ると死体の先を指している。


「行こう」


 そう言ってアクトは先へ進み出す。


「ちょっと、急に、もう」


 シーリアはその死体を見ないように気をつけながら、アクトの後について歩き出した。



 小一時間程経過した。


 シーリアは死体から離れた事で今までの勢いを取り戻した。ずんずんと前に進んでいく。対して先程までの威勢は何処へやら、死体の謎に惹かれていたアクトは、元々抱いていたこの深林への恐怖を思い出したように怯え出した。


「だらしないとは言わないけれど、そんな怯えなくてもいいのに。結局魔物は出てこないし」


「そうは言うけどね、怖いものは怖いのだよ」


「アタシは死体の方が怖い」


 シーリアは死体を見た事がない、というわけでは決してない。勿論魔物との戦いに赴く事もあり、そこで犠牲になった同僚の騎士の姿を見る事も多かった。だがそれでも、何度見ても慣れないものだというのが彼女の感想であった。同僚、仲間の傷つく姿は勿論、民の被害を受ける姿も痛ましい。そういうものは当然とは言えるかもしれないが好きにはなれなかった。


「気持ちはわかる」


 アクトは死体を見た経験はあまりない。ダンジョンに行った事があれば嫌でも見る事になる。彼はそういった点にはある程度の割り切りが出来ていた。無論、死体を積極的に見たいとは思わないし、まして死体が作られる事を良しとはしないが。


「僕とて見たくはないが仕方ないだろう。こういう世界なんだから」


 アクトはこれまでの経験もあってか、諦めにも似た声を出した。


「そうなんだけど、それでもやっぱり嫌なものは嫌」


「まぁ、それはそうなんだが……ん?」


 と、アクトが前を向くと、何かが目に入った。


 少しだけ見覚えがあった。


 大木。皺が大量に走り、数人数十人が密集したものと同じくらいに太い木が生えている。その根本に何かがある。


「え」


 それはシーリアにも見覚えがあった。




 胸に大きな穴を開けた人の死体であった。




「なんで!?」


 シーリアはそれを視界に入れないようにしながら叫んだ。悲痛な色の濃い声であった。


「先程の死体とほぼ同じ。顔も似ている。なんだろう、双子か何か?それは幾ら何でもおかしい気がする。とすると何で……?」


 アクトは冷静にその死体を観察する。


 脈はない。死んでいるのは間違いない。


 だが不自然だ。同じ死因、同じような木。確かにこの森の木々の形状は、学者が見れば興奮するかもしれない程度には類似性がある。が、全く同じシチュエーションが続くというのは、何かがおかしいような気がする。


「……」


 よく周りを見ると霧が出ている。これのせいかもしれない。これのせいで道を誤ったのかもしれない。だが、そうでないとしたら?


 考えられる事はないわけではない。が、それを確定させるべきか。このまま進められればそれはそれでいいのだ。アクトは悩む。


 コンパスを見る。


「……また死体の先を指してる」


 シーリアに向き直り、アクトは言う。


「まず先に進んでみよう」


「まずって何よまずって!?」


「気になるんだ。この死体。それを確認するためにもまず先に進んで、それでどうなるかを確認する」


 アクトはそう言うと、懐から何かを取り出し、ポイと投げ捨てた。


「なにしたの?」


「いやゴミが入ってたから捨てただけ」


 そう言ってアクトは木の横を通り抜けて森の奥へと進んでいった。

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