9-2 深い森の中で
「迷宮の森」は陽の光も当たらない程に木々が生い茂る天然の迷路である。昼間でも夜かと見紛う程の暗さ。魔物か獣か、何かの雄叫びや鳴き声が轟き、木々に反射して響き渡る。不気味という表現が全くもって適切な場所であった。それ故に足を踏み入れる者は少ない。元々この森にわざわざ足を踏み入れる必要性も薄い。この先にあるのは「人の住まぬ地」だけである。他の国に繋がっているとはいえ、別段近道というわけでもない。そもそも近道があるかどうかも分かっていないのだが、わざわざ調べたいと思う者も少なく、またそういう者が居たとしても帰ってくる者は皆無であった。十分な実力を備えた戦士が訪れるようなダンジョンも見つかっていない。そういった理由から、この森はほぼほぼ前人未到のままであった。
「暗いわね。まるで洞窟みたい」
「ダンジョンと対して変わらんねえ……全く恐ろしい」
「にしては魔物はいないけどね」
自分達以外に動くものはない。強いて言えば不意に吹いた風に揺らされた木の葉がハラハラと舞い落ちる程度であろうか。風もほとんどなく、木々のざわめきも少々といった様子である。シンと静かな空間。それがアクトには余計に恐怖を煽っているように思えた。
「はあ、とっとと抜けてしまいたい」
嘆きながら歩みを進め、さくさくと進んでいくシーリアの背中に付き従う。何とも彼としては不本意な状況ではあった。彼としてはむしろ自分が率先して彼女を連れていきたいと思っていたが、自らの足と脳がそれを許さない。恐怖。それが彼の心を支配していた。
「普通のダンジョンならまだいいんだけれど、曰く付きの森ともなればなかなか……」
アクトは過去冒険者パーティに所属していたが、アクト曰く「『鑑定』スキルの価値を理解出来ていない愚かな冒険者」だったが故に追放されたという経緯があった。そのため一応、曲がりなりにも、ダンジョンを攻略するという経験は積んでいた。が、この森の不気味さは、過去潜ったダンジョンの比ではなかった。昼間で地上にも関わらず暗く、木々も人の手が入らないせいで太く、木々が通路を形成している。そして奥の方から轟く声。深いダンジョンに潜らないとなかなか味わえない情景である。そして、足を踏み入れた者が戻ってこないという噂の信憑性を更に高めていた。
「アタシがいるから大丈夫。大船に乗ったつもりでーー」
シーリアはその大きな胸を張ったところで動きを止めた。
「なにあれ」
そう言って彼女は指を差す。
「なんだね」
アクトはその指の方を見る。
「……なんだあれ」
そこには大木。皺が大量に走り、数人数十人が密集したものと同じくらいに太い木が生えている。その根本に何かがある。
「ひっ」
それが何であるかを理解したシーリアが悲鳴にも似た細い声を上げた。
胸に大きな穴を開けた人の死体であった。




