9-1 迷宮の森
アクトが知る限り、この世界には人間を拒絶する地というものが幾つも存在する。
「人の住まぬ地」。荒れ果てた大地、大気中に溢れる魔力、魔界からあぶれた荒くれ者達だけが住むというその地が最たる物であるが、それを取り巻く森、「迷宮の森」もまた同様に人の介入を拒絶している。
そこは入る度に姿を変えるという、アクトが生前小説などでよく読んでいたままの迷宮のような森である。イメージ通りのファンタジー的存在が実在することに興奮した事があったのを彼は良く覚えていた。
まさか自分がそこに入り込む必要に駆られるとは全く予想だにしない頃の事である。
「本当に行かないとダメですか」
陽の光を遮る深緑の木々の前で、アクトは二の足を踏んでいた。
「アンタが言い出したんでしょ、「エクストラクターの強化のためにも、エクストラクターコンパスの反応を先に追うことにしましょう」ってさ」
シーリアは森の奥を覗き込みながらアクトに言う。
「そうですけど。そうなんですけど」
それでも踏ん切りがつかない。そういう様子で、アクトは戸惑い続けていた。
ここは「迷宮の森」のジャンベール側入り口。霊峰リギヌスから最も近い場所である。
「迷宮の森」はジャンベールからルフトに届く程まで広大な森林地帯である。現在分かっている範囲では、「人の住まぬ地」を取り囲むように円形に存在している。その範囲の中でもジャンベールに近い場所にアクトとシーリアは来ていた。
「反応がなんでこっちの方角にばっかり」
何故此処にいるかと言えば、クレアとクレスから貰ったエクストラクターの反応を示すコンパス、アクト達はエクストラクターコンパスと呼んでいるが、それがこの森の方角に反応しているためである。今もなお、森の奥へとその反応は続いている。
「人の住まぬ地かもしれないけれど、どの道ここを通らないといけないわけだから、観念なさい」
シーリアの諭すような声に、アクトは不満気な顔を見せる。
「君は怖くないのかね。迷宮だよ迷宮。迷ったらどうしようとか思わないのかね」
「別に。アタシダンジョンで迷った事ないし」
「迷った事はあるけど無理矢理脱出しただけだろ君のばあグフェ」
シーリアの拳がアクトの顔面に突き刺さった。
「だから大丈夫。いざとなったら何とかすればいいのよ、何とか」
「何とかって具体的にどうするつもりなんだね」
「……この森はどの国のものってわけでもないでしょ?」
「うん」
アクトは何となく彼女が何を言わんとしているか予想がついた。
「つまり幾ら伐採してもいいという事よね」
その予想は的中していた。
「ダメだぞ、それは違うぞ、自然環境の保護とかもあるから、無闇矢鱈に伐採するなんていうのはダメなんだぞ」
「まぁいいじゃない。とにかく帰る道は何とかするから、まずはコンパスに従いましょ」
アクトは何か言い返そうかとも思ったが、彼女の言うことも尤もだと思えた。このまま手を拱いていても何か起きるわけではない。まず行動を起こす必要がある。それに、エクストラクターコンパスを優先すると決めたのは自分である。
「はぁ」
この世界に転生してから何度溜息を吐いただろう。そして何度「何度溜息を吐いたか」を考えただろうか。今後もそれは続いていくのだろうが、それでも溜息を吐かずには居られない。
「行くか」
アクトは決心すると、鬱蒼と生い茂る深い深い、先を見れば真っ暗で道も存在しない不安を煽る光景を見ながら、コンパスの針の指す先へと足を踏み入れた。




