8-5 デバッガーコンパス
「やっほー来たんよ。……ぶぇっくしょい!!寒いんよ!!」
そういうとサチは暖炉の前に手をかざして暖を取り始めた。一方クレスは寒さも何処へやら、胸を張ってクレアに相対した。
「あなたの発想は素晴らしい。でもいつも爪が甘い」
「姉さんに言われたくはありませんよ」
「まぁ私たち姉妹は似たもの同士ですから。私が良い事を閃くとあなたがフォローし、あなたの閃きの漏れは私がフォローする。大体そうやって回ってきたのが私たちの管理者生活」
クレアは否定できなかった。事実その通りであった。今回のクレスのやらかしはあまりに大きいのでフォローしきれなかったが、普段はそうやってフォローし合っていた。その関係性はあまりクレアにとっては好いたものではなかったが。
「例えばあなたの起こした最悪のやらかしに数えられる『遡行する川』。あの魂の管理者の存在を揺るがしかねない、蘇生すら可能にする大チョンボは、私の方で『人の住まぬ地』を作ることでカバーした」
「その件は忘れてください」
蘇生。恐ろしい話を聞いた気がする。アクトはこの世界には神のやらかしが詰まっているようだなと思った。
「そしてあなたの「デバッガーコンパス」。名前を聞いてピンと来たけれど、多分そうなってると思いましたよ。だから私がこれを持ってきました!!」
そう言って取り出したのは2枚のチップであった。
「一枚は彼女、サチのようなリリースカードの適合者が持つと思われる因子に反応するよう改造するチップ。ーーサチとアクトについて調べましたが、エクストラクター、その機能の内、リリースカードに関しては適合条件が発覚しました。その魔物の血を引き、一定以上の魔力を有し、そして特定の遺伝子を持っていること。それを条件に、サチとアクト、それと追加する登録ボタンで登録した者以外に反応するようにデバッガーコンパスを強化するチップです!!」
そう言うとクレアの手からデバッガーコンパスを引ったくると、それに対してコピー魔法をかけて複製し、その片方を宙に投げた。
「チップよ溶けよ!!」
クレスの言葉と共に手元のチップから稲妻が走り、デバッガーコンパスへと昇り、ババババババという音と光を生じさせた。光が収まると、デバッガーコンパスに彼女の言うボタンが追加された状態でそれは彼女の手元へと落ちてきた。
「んでこっちはインジェクターに反応するように変更するチップ」
同じようにもう一枚のチップ、コピーしたデバッガーコンパスに対しても同様の処理を行う。
「チップなのに挿入するとかじゃないんですね」
アクトがポツリと言った。
「ちっぷ?欠片がどうかしたの?」
シーリアにはその意味が理解出来なかった。チップ、カード、それらを機器に挿入するという行為はまだこの世界には存在していなかった。
「チップの形にはしましたが、結局は魔法ですから。このアイテムに適合するように弄り回したわけです」
「……まぁ、その点に関しては感謝します」
クレアが不貞腐れた表情で言った。
「ともかくこれで手掛かりは掴めます。是非活用して下さい」
そう言うとクレアはクレスの手から二つのコンパスをかっぱらい、アクトに差し出した。
「ちょっ」
「そうだ。それは助かる。ありがとう」
アクトは不満げなクレスを無視してそれを受け取った。
「一応」
今にも飛びかからんとするクレスに向けて、クレアは言った。
「姉さんに関しては、このインジェクター問題が解決したら魂の管理者に復帰出来るよう働きかけてみます。ですので引き続き地上で頑張って下さい」
アクトは「素直じゃないなぁ」と思ってその姿を見ていたが、クレアには口と顔に出した以上の感情は無かった。感謝こそすれ、今まで彼女が被ってきた被害ーーこの世界以外でも様々なやらかしをして、その度に尻拭いをしてきた経験ーーから言って、これは温情にも程がある対応であると考えていた。
他方クレスは裏表の無い性格であった。
「ヒャッホーじゃあ頑張っちゃいますよー!!ではサチ、私たちも情報収集と参りましょう!!こんな寒くて辛気臭い奴とはおさらばです!!」
クレスはサラッと二種のコンパスをコピーし、自分達の分を確保して言った。
「誰が辛気臭いですか!!」
「うう……まったく寒いんよ……。どっか温泉にでも入りたいんよ……」
クレアの怒気籠った声を無視してサチとクレスはとっとと下山していった。
「まったく……まったく!!」
その後ろ姿を見てクレアはどんどんと地団駄を踏む。何とも不愉快だが、さりとて否定し辛い。最近は仕事が忙しくて眉間のシワが成長しているのを感じる。
「どれもこれもインジェクターのせいです!!」
クレアは責任を転嫁した。
「ではアクトさん、そしてシーリアさん。どうにか何とかしてください。出来る限りの協力はします。何かありましたらこの場所に来てください」
「まぁ、最善は尽くすよ。僕だってもう少しマシなーー平和な生活というのをしたいんだ」
「同じく。人々が困っている以上出来る限りの事をするわ」
「がんばりますでございますよクレア様!!我らが神よ!!」
名前を呼ばれていないアーチェも答えた。クレアは「結局この人誰だったんだろう」と思いつつも、
「よろしくおねがいします」
と言って、天へと帰って行った。
その途中ふと思う。
神として扱われるのもいいものかもしれない、と。
「ふふふ」
クレアは自分の眉間の皺が少しだけ和らいだ気がした。
「……改めて考えるとロクな事に巻き込まれてない気がします」
「言うな。言うと辛くなるわよ」
立ち去っていくクレアを眺めながら、アクトとシーリアの口からそんな言葉が漏れ出た。
そんな二人を無視して、アーチェは神に向かって手を伸ばしながら慟哭の声を上げ続けていた。




