3-9 あっ、バレた
「お待たせ致しましたぁ。どのようなご用件でしょうかぁ」
リンガは出来る限りの愛想笑いを浮かべながら、ジャンベール帝国の使者に相対した。
「どのような?決まっているではありませんか」
使者の男の方が不機嫌な顔で言った。
「というか、何故そのように平静でいられるのかお聞きしたいところです。内戦ですよ?このままでは魔界への防御線として機能していた貴国が滅ぼされる可能性も大きくなってしまいます。我々が危惧した通りではありませんか。この事態をどうされるつもりなのでしょうか」
「う……」
しまった。笑顔を浮かべる場面ではなかった。リンガは心の中で舌打ちした。喜ばしい事なのは間違いないが、今は喜んではいけない。顔を引き締めながら口を開く。
「失礼致しましたぁ……。ですがご安心くださいぃ。対処については勿論、十分に考えておりますぅ。アインとツヴァイには戦いを止めさせるよう、急いで働きかけを行っておりますぅ。ですのでぇ、まぁ今のところはぁ、少しお待ち頂けませんかねぇ」
「無理ですわね。そんな悠長な事を言っている場合ですか?」
「そもそも、何故昨日の会議とやらでは止められなかったのです。本来であればその会議でこんな事が起こる事を許してはならないはず。そうなったのにはどのような理由がお有りか説明を願いたいですな」
「全くですわ」
男女がそれぞれウダウダと文句に近い苦言を呈する。止めろというならまずこの会合を終わらせてくれ、そんな時間はないのだ。そうリンガは心の中で毒づいたが、とてもこの場でその話を出せるわけもない。
「あ、ああ、まぁ、その、仰る通りですねぇ。いやはや、僕……私も本当に心苦しいですよぉ。あの場で必死に止めたのですが、二人はどうしても!!どうしても憎み合っているらしくてぇ。結局転移魔法でどっかいっちゃいましたしぃ。もう止めようが無かったのですよぉ。でもぉ、今からでもなんとか間に合わせますぅ。これ以上の被害が出ない様にぃ、私としても全力で止める次第ですよぉ」
「志としては良いと思いますが。具体的にはどのようにするのですか」
「……えーと、その」
「他国に助力を求めるとかでしょうか?我が国としても支援出来るのであれば支援致しますが」
「支援!!そうそれです!!ありがたい話ですねぇ!!是非お願いしたいところなのですよぉ!!」
「魔界にですか?」
男の使者の言葉に、場が凍りついた。
「……………………はぃ?」
恐る恐る、汗をダラダラと垂らしながら、出来る限り冷静を保とうと足掻きながら、リンガが言った。
「これ」
男が紙を差し出した。
その文書に、リンガは当然の如く見覚えがあった。
「『魔王様、作戦は成功しつつあります。上手く行けば本日中には内戦状態に持ち込めるでしょう。完了し次第ご連絡致しますので、そうしたらばワンダラーの区画とツーレインの区画へ侵攻してください。容易にこの国は堕ちるでしょう』、なるほど中々素晴らしい支援をご依頼予定だったようで」
「あの、その、何の事でしょ?」
リンガは自分でも驚く程焦りを感じていた。それはマズイ。これもマズイ。あからさまに「覚えがあります、それは自分の書いた手紙です」と言っているようなものであったが、取り繕う事が出来なかった。リンガは頭こそ回るが演技は下手であった。まして無くしたはずの手紙が突然出てきたのだから余計に取り乱すというものである。
「こちらの筆跡、確認させてもらいました。貴方の書いた書類と照らし合わせると一致します。貴方が書いたもので間違いありません」
「ひっ……せき……?」
「それと、これですね」
そういうと男は、懐から何かを去り出した。
硬い殻に包まれた"何か"。
先に見せられた文書同様、リンガにはやはり見覚えがあった。
「これは魔物が生み出す未鑑定品。魔力の残滓の結晶体。これを鑑定させて頂きましたが、相当なレアアイテムでした。余程魔力の充満した場所か、或いは強力な魔物、魔人が居ない限りは生まれないものです」
「……それを、どこで」
リンガの言葉を男は無視して続けた。
「貴方が一番ご存知なのでは?さて……更に確認をとらせて頂きました。ツヴァイさんが受けた1時間延期の連絡。あれは貴方の警備兵が連絡したものらしいですね。本人に確認しました」
「……」
事情を知らないリンガの警備兵が、リンガがこの会談の場に到着する前に話をしていた。リンガの冷たい視線が警備兵に注がれるが、何か悪い事でもしたのかとばかりにキョトンとしている警備兵にはその視線が届く事は無かった。
言い逃れは出来ない。とにかく誤魔化す。手元の水をぐいと一飲みして、ギッと男の方を睨みつけて言った。
「……いや、まずその、何故貴方がその書類を?」
「私がまず聞きたいですね。この書類。どういう意味ですか?」
「質問に答えてくださぃ……ぃぃぃ?」
体が熱い。何か、何かが体の中から込み上げてくるような感覚にリンガは襲われた。
「なんでしょ……?これはぁ……?」
「到着が遅いと幾らでも仕込みが出来ます」
男が意味の分からない言葉を上げた。
「……?」
「貴方の飲んだ水に少し仕込ませて頂きましたという意味です」
「毒……!?」
「いいえ毒ではありません。むしろ良い薬です」
するとリンガの、否、ドライの肉体が元に戻った。
肌が青くツノが生え、牙が伸びて背中には翼がある。
「あ?え?なんで?なんでこの姿に!?」
ドライに化けていたリンガの魔法は解けた。
今ここにいるのは魔人リンガ・ヂュウガ。魔人の中でもヴァンバイアと呼ばれる種族の一人であった。




