3-8 困惑
「どこだ……どこだ……」
ドライの執務室。彼は必死になって何かを探していた。
「何故無いんだぁ!?」
引き出しのロックを解除して開けた先にあるはずの文書を探していた。
無い。
全く見つからない。
おまけに隠していた妙な殻も無い。
「……誰かが入ったかぁ?」
部屋のドアを荒々しく開けて居た警備員に聞く。
「誰か!!ここに入ったかぁ!?」
「え!?知りません」
「私はツヴァイ様に言伝するよう指示を受けましたので」
「私はドライ様の護衛で会議場へ」
「……そうだったねぇ!!」
バタン。ドアを閉める。
「あああああああ……なんだなんだ!?何か起きたのかぁ!?」
ドライは頭を抱えた。
文書は作り直せば良い。それはそうなのだが問題は、誰かが持っていった可能性が捨てきれないという点である。
いや、事ここに至り、重要な文書が無くなるという事は、その可能性が高いという事を否定出来ない。
ドライは嘆く。ここまで来たのに、何故ここで躓くのか、と。
彼は本来ドライではなく、ドライに化けた、魔界から派遣された魔人である。名はリンガ・ヂュウガ。魔王直属の部下の一人であり、このまま行けば次期魔王の座を譲られる可能性もあるのではないか、と自分で思う程度には魔王からの信頼も厚かった。
そんな彼が受けた指示が、この国、ルフト共和国の瓦解であった。
ドライに成り代わるという点については極めて上手く行った。元々本物のドライはアインとツヴァイの仲を取り持ちながら国民の支持を取り付け、良い方向に導く、という中間管理職的立ち位置にそれはそれは参っていた。もうこんな国どうでもいいか、と思う程には参っていた。
リンガは戦闘能力はあまり無い。だが情報を得て活用する事については大変得手としていた。元々彼が魔王の側近になったのもその能力故である。だからドライがそういう精神状態に置かれているという事も得ていたし、是非活用しようと考えた。
果たして最初は予想通りに事が進んだ。ドライの顔を変えてやり、遠くへ休暇として出かけさせる。その間彼がドライに成り代わる。そういう約束を交わした。そしてアインとツヴァイの仲を更に悪化させ、内戦一歩手前というところまで持ってくる事に成功した。理想的な状況である。そしてここから、もう少し押し込めば内戦勃発、魔界の侵攻が容易になるだろうという所まで持ち込んだ。
そこで書いたのが前述の無くなった文書である。
まさに今こそが侵攻のチャンス。魔界の領土を広げるという魔王様の目的達成に貢献する絶好の機会だというのに、肝心の、肝心要の部分で連絡が取れない。魔界と人間の住む世界は通信魔法が使えないので、物理的な連絡手段を使わねばならないのである。
「むががががががががががぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
もどかしく、地団駄を踏む。
連絡役の魔物ーー鶏の頭と胴体、蛇の尻尾、ドラゴンの翼という珍妙な姿の魔物、ぶくぶくと太ったコカトリスが、窓の外で「まだか」とぽつりと文句を言う。
こいつは自分を下に見ている。コカトリスは戦闘力が高いので仕方ないが、こいつのせいで未鑑定品を生み出す事になってしまった。足を引っ張るくせに馬鹿にしてくる奴ほど腹立たしいものはない、とリンガは考える。
「まだですよぉ!!少し待ってなさいなぁ!!今すぐ書きますからぁ!!」
怒りを滲ませた声で窓の外にーードアの外には聞こえないギリギリの音量でーー叫ぶリンガ。彼はペンを持って白紙が置かれた机に向き直る。
コンコン。
それを邪魔する音がドアから聞こえる。コカトリスは慌てて上空へと飛び去る。
「あっ……、ああー。あああ、なんですかぁ!?」
窓の外、飛び去る鶏の魔物を恨めしそうに見ながら、リンガはドアの方に叫んだ。
「すみません。急遽の面会の依頼がございまして」
警備員と一緒に入ってきた大臣が申し訳なさそうに言った。
「誰からですかぁ。断ってくださいよぉ」
「それが……先日も見えられました、ジャンベールからの使者の面会依頼なのです」
リンガは思わずペンを落として、あんぐりと口を開いた。
何故今?
ジャンベールに送り込んだ”使者”の事がバレたか?
どうする?
リンガはここに来て降りかかる問題に、再び頭を抱えて、うううううと唸りだした。




