3-6 侵入
翌日。
スリーブ家の区画中央、ドライの住む塔を、音を立てない様に気をつけながらも急ぎながらアクトが歩いていた。
その姿を見とめる者はいない。アクトの方を見ても何も無い。ただ景色だけがそこに広がっている。
透明化の魔法。これは魔法を掛けられた者の周囲に強烈な光の屈折を起こす魔法。光を曲げて対象者に届かなくする事で、実質的に透明になるという仕組みである。
少し目を凝らせばもしかしたら違和感を感じるかもしれない。遠くの物がより遠くに見えている。微妙に景色が歪んで見える。そうした事もあるだろうが、そこまで気に留める者はいない。例え警備で監視をしていたとしても、細部まで完璧に気を配れる者は極僅かである。
という事で、アクトは急いで歩いているのである。移動が早ければそれだけ気付かれ辛くなる。だが違和感を覚えた状態で動くと気付かれやすい。バランスが重要である、と彼は自分に言い聞かせる。自らに注がれる視線が無いかを注意して見て、あったら隠れる、無かったらそのまま進む。それでとりあえず前進を続ける事で、なんとか無事にドライの管理する塔へと到達した。
塔の窓からこっそりと入る。音は立てられない。音までは掻き消せないからである。
そして昨日通った道を通って応接室へと向かう。
応接室には誰も居なかった。今日はドライが会議で不在なのだから、会いに来る者も、そもそも会う先の者も居ない。当然の事と言えた。
「さてさてさて」
それでも誰にも聞こえない様に、アクトはぽつり呟くと、部屋の中を捜索し始めた。
棚の中。
絨毯の裏。
天井裏に机の裏。
鬼の居ぬ間にとばかりに徹底的に探し求めた。何をかと問われれば未鑑定品、あの硬い殻である。或いは何か魔界との繋がり、魔物との入れ替わりを示唆するようなものがないかと期待していた。
だが残念ながら成果は無い。
当然とは言える。万が一ドライが魔物だとして、その痕跡を残すような性格には思えなかった。
「ならば」
アクトはドライの執務室へと向かう。
ドアには警備対象が居ないせいか、誰もいなかった。
気配が無い事をよく確認して、逃げ道を見つけ、それからゆっくりとドアを開ける。
リスクが高い行為である事は彼も承知していた。ドアを開けた先に誰かが居れば、例え透明でも一発でバレる。だが防犯も兼ねているのか、入り口は一つだけ。窓はあるが、ここは高層階。普通の方法では行けない。仕方がない。アクトは心臓がバクバクと音を立てるのを感じながら、ゆっくり、ゆっくりとドアを開けた。
幸いな事にと言うべきか、予想通りと言うべきか。そこには誰も居なかった。
ほっと胸を撫で下ろしたアクトは、また音を立てない様にゆっくりドアを閉めて、部屋の中を探っていく。
本棚、小棚、竈門。色々あるが、目につくところには特に何も無い。
では隠れたところだろうか。
指紋ーーという概念はこの世界にはまだ認められていないだろうが、それでも念の為にそういった物がつかないように布で指をガードしながら、机の引き出しを開ける。引き出しには鍵がかかっていたが、こればかりは仕方がない。無理矢理こじ開ける。後で直す。
ガコッという音と共に引き出しが開く。
「ビンゴ」
中に硬い殻を見つけた。
それ以外にも、幾つかの文書がある。魔界の文字で「魔王」「侵攻」などの単語が踊っている。気になって中を流し読みすると、なるほど、これは重要な文書であるとアクトは判断した。アクトはそれを懐に入れた。
引き出しの鍵を魔法で直してから、彼は脱出する事に決めた。そろそろ必要な情報は得られただろう。
出る時は窓から。小型ドラゴンになり、窓を開けて、外に出る。痕跡が無い事を確認して窓を閉め、それから転移魔法のスクロールを使って宿屋に戻る。部屋の中で使っても良かったが、なんらかの痕跡が残ると良く無い。念の為である。
「ふぅ」
部屋に戻ってアクトは息を吐いた。
「収穫はあったねぇ。良かった良かった」
何も無かったらどうしようとは思っていた。だが一応、証拠になりうるものは残っていた。シラを切られる可能性もあるが、他の二人の説得材料の一つにはなるだろう。
「大変!!大変よ!!」
と、そこに丁度タイミングよくシーリアが帰ってきた。
「ああおかえり」
人間の姿を取りながらアクトが言った。
「どうだった?」
「大変よ!!」
「……まさか」
「アンタが何を予想してるかは分からないけど!!大変なの!!内戦よ!!」
ドォォォォォォン!!
シーリアの言葉と丁度時を同じくして、何かの炸裂音が外から聞こえてきた。
アクトは頭を抱えた。




