3-2 アイン・ワンダラー
アクト達がワンダラー家の本部に足を踏み入れ、ニールから偽の身分証と一緒に渡された委任状を見せると、区画の真ん中の高い塔、その一際大きい応接室と思われる場所に通された。なお、シーリアは簡易変装魔法で鎧と顔の形を変えている。面識があるためである。
窓を覗くと、眼下に街並みが見える。その合間に魔導兵器ーー魔法を放つ大砲やゴーレムーーが点在しているのが見える。防衛施設のようであった。
「物々しいねぇ」
「ここはいつもそう。魔界の領域に接してるからってのが大きいんだろうけどね」
区画は壁で区切られているが、外側の壁の向こうを見ると、何やら暗雲が立ち込めている。その雲の合間をドラゴンやグリフォンが飛んでいるようにも見える。
「なるほどねぇ」
アクトはなんとなくその用途を察した。おそらくはあの雲間の魔物達が攻めてきた時のための準備、ということなのだろう。そして、もう一つ。おそらくもう一つ用途がある。向きが明らかに街の方を、他の区画の方を向いている。つまり。
「……いやー、全く、怖いねぇ」
「ねー」
アクトの言葉の真意には気付かないまま、シーリアは軽い相槌を打った。
そんな会話をしていると、バタンという大きな音とともに、応接室のドアが勢いよく開いた。
「待たせたであります!!わたくしがアイン・ワンダラー!!このルフト共和国を第一に思う!!最高の愛国者であります!!誰でありますか!!このわたくしと面会したいという方は!!」
大きな声でそのような挨拶らしき言葉を上げたのは、シーリアよりも大きな胸と左目につけた眼帯、黒髪ショートといった点が目立つ、スーツに身を包んだ女性であった。
「やややややややや、あなた達ですか!!あなた達がジャンベールの使者ですか!!いやこれは!!実に遥々よく来てくれましたであります!!」
大きな声で話すものだから、十分距離を取っているはずのアクト達の耳がキンキンと鳴った。
「あ、いや、その、はじめまして。私共はこういう者でーー」
首にかけていた身分証を見せようとしたアクト達を、アインは静止した。
「いえ結構、入った時に拝見したであります!!」
「め、目がよろしいのですね」
「もちろんであります。観察、推察は基本でありますので。いつもわたくしは観察しております。あの銃口がどこを向いているかもしっかりと見ているのであります」
窓の外を指差して叫ぶアイン。
「あの忌々しいツヴァイの敗北主義者め!!まったく!!内戦してどうするつもりなのでありますか!!お気づきかもしれませんのでご説明致しますが!!あれは我々の自衛であります!!ツヴァイ信奉者が攻め込んできた時のためのものであります!!あの連中のゴミクズっぷりと言えばかくやという物でありまして!!」
その叫びを唖然としてアクト達が見つめていると、
「……失礼、最近色々と苛立ちが募っているのでありまして」
バツの悪そうな顔でアインが言った。
「いえ、大丈夫です。お気持ちは理解出来ます」
アクトの言葉に晴れやかな笑みを浮かべてアインが駆け寄った。
「そうでありましょうそうでありましょう!!いや全く、あの連中より先にわたくしの元に馳せ参じてくれる点といい、あなた方は実にいい方でありますな!!」
どうやらこの女のご機嫌取りには成功したようである。アクトは内心ほくそ笑んだ。
「それでどのようなご用件でありますか」
「えー、その。友好国として、貴国の魔界との戦闘の状況について伺いたく。と言いますのも、必要とあらば我が国としても支援をと思いまして」
「ああ、その件でありますか」
するとアインは急に表情を硬くした。
「問題はないであります。我が国の戦力は極めて高い。全く問題なく進行中です。お気持ちは有難いですが、支援を頂く必要性は無いであります」
アクトはその言葉と雰囲気で察した。恐らく、上手くは行っていない、支援があった方が良いのだろうと。だがそれを認めるのは拒否する、そう言った態度が言葉の節々から見て取れた。
「本当にそムグ」
地雷を踏む寸前、シーリアの口を塞ぎながらアクトは口を挟んだ。
「そうでしたか。勿論貴国の戦力を疑うつもりはございません!!優秀な軍隊をお持ちの貴国が苦戦するなど無いとは勿論思っておりましたが!!ご理解ください、我が国の皇帝陛下は心配性なのです」
「ふん、心配性とはよく言ったものであります。ただ彼奴は怯えているにすぎないであります。問題はないであります。じきに貴国にも良い知らせをお持ちするであります」
本当にジャンベールの使者だったらキレていそうだな、とアクトは内心思いつつも、
「ええ、ええ。大変ありがたいです。吉報お待ちしております。それでは私共はこの辺りで。"一応"、他のお二方にもご挨拶"だけは"しておかなければなりませんので」
言外に「あなたに面会出来たので本来の目的は達成出来ましたが、対外的な都合です」という色を滲ませるように気を配りながら、アクトが言葉を紡ぐと、アインは満足気に頷いた。
「あなたも大変でありますな。その点は同情するであります。特にあのツヴァイの奴と話をしなければならないのは我慢がならないでありましょう」
「ええ、勿論」
「頑張ってくださいであります。わたくしで良ければ相談に乗るであります」
「ありがたいお言葉です。感謝致します」
アクトが頭を下げ、続けてシーリアが頭を下げると、それで面会は終わった。
「扱いやすい相手みたいね」
最初にルフトにやってきた時に通過した広場。そこへと戻ってから、シーリアがポツリと呟いた。
「君みたいに地雷を踏まなきゃね。危ないところだったよ」
「あー、うん……ごめん。アタシはほら、頭に浮かんだ言葉そのまんま吐いちゃうから」
「知ってる。というか自覚があるなら何とかしなよ。……まぁ、この手の話は僕に任せたまえ。適材適所というやつ、だろう?」
「頼りにしてるわよ」
シーリアがニヤニヤと笑みを零した。
「しかし気になる事はあったね」
「ツヴァイに関して?随分怒ってるみたいだったけれど」
「それもだけど、もう一つ。話題にならなかった事が少し、ね」
「何それ」
「今は内緒。これは他の場所を回ってからでないとなんとも言えないから。さて……次はどこに行けばいいのかな?」
アクトが尋ねると、シーリアが答えた。
「ツヴァイのところ。二人はドライを見下してるから、ドライより先に行かないとダメ。ツヴァイはアインの性格を知ってるから、アインの後に訪問する分には理解してくれるけれど、ドライの後に訪問すると機嫌が悪くなるの」
「……はぁ」
アクトは人間関係の機微に大変興味が無かった。つまらないと思った。つまらないことでうだうだ言って感情で動くのは本来良くない事であり、まして政でそれをやるなど、と思うところはあった。
だが人間、そういうものなのだろう。ため息と共に感情の難しさを考えながら、
「行くかぁ」
「そうね」
そういうと彼らは一度広場へと引き返し、ツーレイン家の領地へと向かう事にした。




