2-8 信頼と憧れと無敵
「無事ね。よかった」
シーリアがアクトの方を見て微笑んだ。悪魔はフロストブレイズを弾かれたショックからか呆然としている。
「なんだかんだ、もう一蓮托生なんだから。アタシも巻き込みなさい。自分だけで突っ走らないで」
「す、すまない。しかしーー」
アクトは言葉に詰まった。シーリアに頼りたく無いのには理由がある。だがそれを本人を前にして口にする事は、少々、いやかなり、アクトには恥ずかしいものがあった。
だが。
迷惑をかけたのに、そこで黙るのは失礼ではないだろうか。
そう思うと、彼の口は自然に開いた。
「ーー僕は君のように勇敢では無い。あの日あの村でも、逃げる事しか出来なかった。僕は君のように強くは無い。だから僕は一人でも出来ると示したかった。僕の中のヒーローである君に、僕の、僕の強いところを見せたかったんーーむぎゅ」
吐き出すように言った彼を見て、シーリアはアクトの口を掴んだ。
「アンタにはアンタの良いところがある。薬の調合。鑑定。どれもアタシには出来ない。アンタはアンタの出来る事をすればいい。無理しなくていいの」
優しげな笑みを浮かべて、彼女はそう言った。
「目ノ前デナニヲイチャイチャシテイル!!」
悪魔はショックから立ち直ると、再び同じ魔法を放った。率直に言って彼には今起きた出来事が理解出来ないでいた。ただの偶然か、何かの奇跡で軌道がズレたのだろう、そう思ったのである。
「邪魔」
だがその氷の刃は再び地に落ちた。シーリアの体に弾かれて。
「ハ?」
悪魔は唖然とした。
見間違いではなかった。
今も先程も、シーリアの体が弾いたのだ、人体は疎か悪魔や魔人の肉体すら貫くであろう鋭い刃を。
シーリアのスキルは『無敵』。
シーリアが「攻撃」と認識した凡ゆる事象を無効化する。物理的な攻撃は勿論、精神攻撃、魔法、気温の変化すら「攻撃」と認識出来れば無効化出来る。気候的な寒さは攻撃ではなく通常の事象なので無効化出来なかったが、悪魔が放つ魔法などは「攻撃」と認識する典型例である。
故に眼前の悪魔の放った魔法などは格好の無効化の餌食なのである。
「とりあえず、もっと人を、アタシを頼んなさい。特にこういう時はね」
言うとシーリアは近くにあった装飾用の槍を持って、悪魔に面と向かった。
「ソンナ飾リデ!!ナニヲ!!」
悪魔が叫び飛びかかろうとした瞬間、アクトの目には映らない速度で何かが煌めいた。
ボトッ。
何かが落ちた。
ブシャア。
赤い絨毯が緑に染まっていく。
「ぎ、ギャアアアアアアアアアアアアッ!!痛イィッ!!」
悪魔が左肩を抑えて蹲った。左肩には、そこから生えているはずの左腕がなく、代わりに緑色の血が滝のように流れていた。
「こーいう事が出来るのよ」
シーリアがふんすと胸を張った。鎧がぎしぎしと内部の胸の揺れで悲鳴を上げている。そして、彼女の右手にある槍には緑色の血がベットリと付いていた。
アクトも漸く理解出来た。シーリアの槍が煌めき、悪魔の腕を切り落としたのである。
槍の鋒は相当に短く、とても切り落とすという行為には不向きのように見えるが、それでも実際に実行したのだろう。実現したのだろう。緑色の血がそれを物語っていた。
「さて」
シーリアはくるくるとその槍を回し、悪魔の鼻先にその鋒を向けて言った。
「誰の差金?レヴェル?」
「……れゔぇる?誰ダソレハ?」
「知らない?」
「隠しても良い事ないわよ」
シーリアの槍が鼻を突っつく。
「シシシシシ、シランシラン!!我ハ魔王様二指示サレテ……アッ」
そう言った瞬間、悪魔の体が燃え出した。
「アアアアアア申シ訳アリマセン魔王様ヤメテヤメテヤメテェェェェェェ!!」
魔王様、と言うたびにその体の炎が更に増していく。
「魔法か。……特定のワードに反応して炎を強くしているみたいだ」
「ちょ、ちょっと。このままじゃ死んじゃう!!」
「『揺蕩う白波、水流波!!』」
アクトの口から水流が放たれ、悪魔の体を水が包み込む。
だが。
「アアアアア嗚呼あゝアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
炎は消えない。本来であれば、炎の魔法は水の魔法で消す事が出来る。だがその威力が強すぎるためか、赤い炎は尚もメラメラと燃え続けていた。
やがて悪魔の肉体が燃えカスへと変換されると、炎は自動で消えた。後には燃えカスと、悪魔が着ていた服の切れ端が残された。先程のアクアウェイヴで少しだけ火が収まった箇所があったらしく、その部分がほんの少しだけ切れ端となったようである。
「本人から得られた情報はゼロ、ね」
シーリアが残念そうにしながらも、散った命に哀悼を捧げながら言った。
「いや、魔王の軍勢だという事は分かった。でなければあんな仕掛けを用意はしないさ。それにこの切れ端。何か得られるかもしれない」
アクトはその切れ端を拾い見ながら言った。
「確かに」
「問題は魔王とレヴェルの関係性かな」
「この悪魔が知らないだけじゃないの?」
「可能性は高い。だが全く繋がりがないとすれば、魔王とレヴェル、二つの軍勢がこの世界で何かしらを別々に企んでいるという事になる」
「頭痛いわね」
「全くだね。……まずは」
アクトは人間に戻ると、気絶しているゴブリンを叩いた。
「おい」
「ふぎゃ、モウ食ベラレマセン」
ゴブリンが涎を垂らしながら起きた。
「何言ってんのよ」
「ア、人間!?エ、びりあ様ハ!?」
ビリアというのは先程の悪魔の名前だろうか。
「悪魔なら死んだ」
「エ……」
「アンタも死にたくなければ、ここで何をしていたのか言いなさい」
シーリアが殺気を込めながら槍の鋒を向けた。ここで黙っていれば殺されるだろうとゴブリンは一瞬で理解した。
「魔王からどんな指示を受けた」
「ししししししし指示受ケテナイ!!びりあ様カラ、会議ノ内容ヲ聞イテクレバ飯クレルト聞イタダケ!!」
「本当か?」
「嘘吐くと良い事ないわよ」
「本当!!本当!!」
ゴブリンの鬼気迫る表情に、それが嘘では無い事が読み取れると、シーリアはゴブリンの脳天に槍の柄の部分をぶつけた。
「フゲ」
「よろしい、寝てなさい」
その言葉と共にゴブリンは眠りについた。
「死んで無いだろうね」
「相当手加減したから大丈夫でしょ」
シーリアが飄々とした様子で言うと、ドアを開けた。
「ここはどこかしら」
「来賓室、と書いてあるな」
アクトが廊下に出て、そのドアに掛けられた札を見て言った。
「……来賓?」
それが何を意味しているのか。悪魔が何に化けていたのか。
「……なるほど」
そして悪魔の着ていた服の切れ端に残る国章を見た時、アクトの脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。




