2-6 追跡
天井裏に再び昇ったアクトは、光の魔法で暗い周りを照らしながら、足跡を追って埃を被りながら匍匐の状態で進み始めた。
「気をつけなよー」
「何かあればすぐに降りて来い。兵士を呼んで来る」
「わかりましたー」
アクトはそう言いつつも、あまり彼らに頼るつもりはなかった。この事を公にすれば、魔物の侵入を許したという事で、ニール皇帝の求心力が下がる可能性がある。彼を後ろ盾にナクール王国の暴走、何よりレヴェルの企みに対抗しようとしている彼としては、それは望むところではなかった。
自分で何とかしなければ。
誰に言うでもなく、自らの心の中で自分にそう言い聞かせながら、彼は腕に埃が着くのも躊躇わず匍匐前進を進めた。
彼にとって幸いだったのは、この極寒の地の天井裏には不潔な虫やゴミなどが落ちていなかった事と、安定感のある構造が故に歩いていても不意に床が落ちるという事を心配しなくて済む事である。お陰で追跡に全神経を集中させる事が出来た。
ゆっくり、静かに、足跡を追う。それはやがて、穴の先で途切れた。
「ここが怪しいか」
こっそりとアクトはその穴を覗き込む。
広い部屋だった。赤い絨毯が敷かれ、先刻の謁見の間兼執務室と負けず劣らず豪華である。飾りとして槍が置かれていたりするが、ここは何のための部屋であろうか。アクトには今のところ予想はつかなかった。大臣室だとして、皇帝の部屋より豪華な事があるだろうか?無いだろう、彼は自問自答した。
「ソロソロ戻レ」
考えに耽っていると、誰かが緑色の肌で角の生えた背丈の小さい男に話しかけた。緑肌の方は明らかにゴブリンである。
「リョーカイ。マタ何ヲ言ッタカ"ほーこく"スレバイイノカ?」
「ウム。特二、にーる皇帝ノ言葉ハキッチリ聞イテオケ。重要ダカラナ」
ゴブリンに話しかけている方も男で、角が二本、頭から生えている。そこはゴブリンに近いが、全身が黒く、翼も生えている。
「……悪魔か?あれは」
悪魔。デビル。レヴェルが属する魔人、デーモンとはまた異なる種族である。
魔界には他の、アクト達が住む自然とはまた別の、独自の生態系が形成されている。その生態系における頂点に立つのが魔王であるが、種族としての頂点は悪魔と魔人の二極である。
どちらも人間並の知性を有し、その肉体は人間のそれを遥かに凌駕する。魔力の操作も優れており、人間の一流魔法使いが悪魔や魔人の最底辺である、などとさえ言われる。
悪魔と魔人の違いは単純で、姿形が獣と人のどちらに近いかで区別される。獣のように尻尾が生えているのが悪魔、人に近いのが魔人である。ただ基本的には違いが無いので、一緒くたにしてデーモン、或いは悪魔と呼ばれる事が多い。
「あんな高位の魔物がなんでここに?」
おまけに、やたらと装飾の多いスーツを着込んでいる。悪魔の身に着ける装備としては極めて不釣り合いであった。
アクトの疑問に答えるように、その悪魔は言葉を続けた。
「サテ、我モソロソロ仕事二戻ロウ」
言うと彼は手を天に掲げ、魔法を唱えた。アクトにはその魔法陣、魔力の集中具合に見覚えがあった。
数時間前に自分が唱えた、『人間変化』の魔法なのが一目で分かった。つまりそれは、眼前の悪魔が人間の姿を取ろうとしているという事である。
それで派手な服を着ている事にも説明が付く。誰かに成り代わるために着ているのだ。
どうすべきか?この場で取り押さえるか、あえて泳がせるか。
アクトは自問する。
本来であればこのまま姿を変えるのを見守り、人間の姿のまま取り押さえるのが一番かもしれない。だがそれはシーリアの手を借りる事になるだろう。
「ーーやってしまうか」
彼は自らの手で終わらせる事に拘った。そして、薬を自らの体にかけると、ドラゴンの姿に"戻り"、そして穴から飛び降りた。




