2-5 錬金術
「まず大蒜」
ニール皇帝に場所を聞き共にやってきた錬金術工房で、アクトはじっとフラスコを見つめながら、手元に用意した材料を弄り始めた。
熱湯の入ったフラスコに大蒜が加わり、その逞しい匂いが部屋の中に広まる。
「次にドラゴンの牙の粉末」
こっそりと隠し持っていた粉末が加えられる。ガガガガガガという音と共に、大蒜と水分とドラゴンの牙の粉末とが激しく反応しあい、無色透明だった薬ビンの中が赤く染まり出した。
「更に人間の血を一雫」
シーリアがイヤイヤ自らの体にほんの少しの傷をつける。そこから垂れた血をナイフの鋒で掬い取り、フラスコに零す。液体がどす黒い色へと染まっていく。
「ここにぶどうを一粒」
紫のぶどうの粒がチャポンとフラスコの中へ落ちていき、粉のはずのドラゴンの牙がそれをズタズタに切り裂きパンと弾ける。
「これにエリクサー、青ポーションを1:1:1で混ぜる」
用意していた別の液体を混ぜ込む。徐々に液体がそれぞれ反応し、青く澄んだ色へと変わっていく。
「実験」
言うとアクトは一粒、フラスコから自分の肌へそれを垂らす。
薄橙の肌が急に赤く、鱗のように変わっていく。
「OK」
満足気にアクトはそう言うと、自らの肌に再び『人間変化』の魔法を掛けると、まだかまだかと待っていたニール皇帝へ向き直った。
「お待たせしました。これでOKです」
「不便な物だな。それが例のレヴェルとやらの魔法か」
「正確には、僕の特質によって変容した結果なので、レヴェルのせいとも言い難いのですが。ですがこれはこれで役に立ちます。こういう、身の危険を伴う時とかには、特に。魔法ですと、咄嗟に解除が難しいので、解除は薬、人間への変化は魔法で、という風に使い分けてます」
実際には、人間変化の魔法を作り出すのが精一杯で、解除の魔法を作り出す事が出来なかったという事情もある。
魔法を作るというのは難しい。魔力を扱うには相当繊細で、意識を集中アクトの知識では一年以上掛かった。その間はずっとドラゴンのままだったので、近くの山でぼそぼそと過ごすハメになった。薬の方がまだ楽であるとアクトは考えていた。
薬であれば素材の効果を『鑑定』出来る。魔法よりも組み合わせの模索は楽である。
「本当は人間化の効果も薬で作れれば良かったのですが……ドラゴンの姿ではその手の作業は全くと言っていい程出来ませんで……」
彼にとっては思い出すだけで涙が流れ出すような思い出であった。
「まあ、図体デカイドラゴンだと動き辛いわよね」
シーリアが「自分の肉体で何とかすべきよ」と言わんばかりの顔で言った。
「なのでこの薬も徐々に改良予定」
「どういう風に?」
「内緒。とはいえ……」
アクトはシーリアからニールに向き直って言った。
「この城でしたら大丈夫でしょう。相当頑丈に出来ておるようですし」
「そうだな、我輩としても相当厳重に設計してもらっている。だがそれでも、屋根裏にドラゴンが住み着いても大丈夫なようには作れておらんぞ」
「心配ありません。もう一つの薬品がありますので」
そう言って取り出したのは、紫の液体であった。
「これは姿を小さくする薬。これと私の魔法を解く薬品とを組み合わせる事で」
言うならアクトは手元の青い液体と紫の液体を同時に自らの体に振りかけた。ある程度残したところで、栓をして腰に巻き付ける。
するとアクトの体は、数時間前、ナクール王国を後にした時と同様にドラゴンの体へと変容した。だがそのサイズは、先程のシーリアを背に乗せて飛び立てる程の巨大さは無く、人と同じサイズのそれであった。
「ふぅ」
「なんだ、準備してるんじゃない」
「一応ね。でもこの小型化の薬は作り辛い。材料にグリフォンの爪だのホビット特製糠漬けだの、高い材料ばっかり。もっと楽な方法を検討したい。こう……何か魔法的な物を簡単に開発する方法を考えたい……」
考えれば考える程財布の中身や時間の浪費に頭が痛くなっていく。アクトは頭を抱えたまま錬金術工房の机に項垂れた。
「それは後にしようではないか。まずは例の魔物の跡についてーー」
「失礼。そうしましょう」
機嫌を損ねるわけにはいかない。アクトは立ち上がると、部屋へと戻っていった。
「やれやれ。少しはアタシにも頼ればいいのに」
シーリアは、ドラゴンの姿になった後も自分に頼らず、何かと自分で何とかしようとする幼馴染に対し、静かに溜息を吐いた。




