仕掛けられた罠
バルト商会の男が来てから、10日ほどが経った。
表向き、何も起きていなかった。
だが、俺は、違和感を覚えていた。
いつも通っている道具屋や、露店の店主たちが、心なしか、俺と目を合わせなくなっていた。
「最近、様子がおかしい」
俺は、暖簾をくぐりながら、店主に言った。
「……悪いね、ノアくん」
店主は、気まずそうに、目を逸らした。
「バルト商会から、あんたと取引するなら、うちとの卸を切るって、言われてて」
やり方が、露骨だった。
俺一人を締め出すために、街の商人たちに、圧をかけている。
◆
それでも、俺のところに、話を持ってくる商人は、いた。
バルト商会を、快く思っていない者たちだ。
その一人から、ある日、大きな話が持ち込まれた。
「隣町から、上質な絹の反物が、大量に入る。相場の半値で、卸してもらえる話がある。ノアくん、鑑定してもらえないか」
条件が、よすぎた。
俺は、眼を、持ち込まれた見本の反物に向けた。
〈絹:市場5,000・真価4,800〉
真っ当な品だ。ほとんど、ぼったくりもない。
……妙だ、と思った。
あまりにも、都合がよすぎる。俺が食いつくように、仕組まれているような。
俺は、話を持ってきた商人に、眼を向けた。
〈真価:150クル〉
感情の色が、渦を巻いていた。〈焦り〉、〈罪悪感〉、それから──〈恐れ〉。
誰かに、脅されている顔だ。
「この話、誰から聞きました」
「……知り合いの、伝手で」
目が、泳いでいる。嘘をついている。
俺は、確信した。
「正直に言ってください。バルト商会に、頼まれましたか」
商人の顔が、真っ青になった。
「……すまない。取引が成立したら、大量に仕入れさせて、後で品が全部、粗悪品にすり替わってる、って筋書きだ。あんたの鑑定と、実物が違うことにして、鑑定士としての信用を、潰すつもりだったらしい」
「なるほど」
俺は、静かに、頷いた。
見本だけ本物を見せて、鑑定を通させる。だが、実際に納品される現物は、別物にすり替える。
鑑定士が嘘をついたことにされ、俺の眼への信用は、地に落ちる。
単純だが、効果的なやり方だった。
「教えてくれて、助かりました」
「……こんなことに、巻き込んで、悪かった」
「あなたのせいじゃない」
俺は、頭を下げる商人に、首を振った。
「向こうの、性根の問題です」
◆
俺は、その足で、アイリスと、ゴダじいさんの店に向かった。
「罠にかけられかけた」
事情を話すと、じいさんは、腕を組んで、唸った。
「品のすり替え、か。厄介な手だな」
「どうする」と、アイリスが、静かに聞いた。
俺は、少し考えて、口を開いた。
「逆に、使わせてもらう」
「……逆に?」
「取引自体は、受ける。ただし、鑑定した現物に、俺だけが分かる印をつけておく。納品の時、その印がなかったら、すり替えの証拠になる」
じいさんが、片眉を上げた。
「印、って、どうやってつける」
「ここは、俺の得意分野じゃない」
俺は、正直に言った。
「じいさん、力を貸してくれないか」
じいさんは、しばらく俺を見て、それから、にやりと笑った。
「……面白い。がらくた屋の意地ってやつを、見せてやろう」
アイリスも、何も言わず、小さく頷いた。
バルト商会は、俺の眼を、利用して、罠にかけようとした。
だったら、こっちは、その企みごと、逆手に取ってやる。
真価を見抜く眼は、嘘を暴くためだけの力じゃない。
仕掛けられた嘘を、逆に、仕掛け返すためにも、使える。
俺は、初めて、この眼を、そういう風に、使おうとしていた。




