バルト商会
ギルド証を手に入れてから、世界の見え方が、また変わった。
同じ大市場でも、俺を見る商人たちの目が、違う。ただの子どもから、駆け出しの鑑定士へ。数字一つで、扱いが変わるのが、少し滑稽だった。
俺は、その証を使って、少しずつ、動く金額を、大きくしていった。
ギルド証があると、できることが、まるで違った。
これまでは、露店や道具屋の店先しか、見て回れなかった。だが証があれば、商人しか入れない、ギルドの競売場に、出入りできる。まとめ売りの倉庫にも、堂々と足を運べる。
最初の獲物は、競売場の隅に積まれていた、埃だらけの絵画だった。
〈絵画:市場60クル・真価2,400クル〉
誰も見向きもしない山の中から、それだけを拾い上げた。60クルで競り落とし、目利きで有名な画廊に持ち込むと、2,100クルで買い取られた。
次は、質流れの古い羅針盤。
〈羅針盤:市場40クル・真価1,900クル〉
これも、驚くほどの安値で手に入り、航海士組合に持ち込むと、5倍近い値がついた。
小さく買って、大きく売る。それを、繰り返した。
ギルド証があるおかげで、以前は門前払いされた画廊や、組合にも、堂々と品を持ち込めた。「駆け出しだが、目は確かだ」という評判が、少しずつ、後押しになっていた。
半月が経つ頃には、懐は、50,000クルを超えていた。
最初の3クルの短剣を思えば、ばかげた数字だった。
それでも、俺は、まだ、満足していなかった。
小さな掘り出し物を、拾い集めるだけの商売には、いずれ、限界が来る。
もっと大きく、動く金の流れに、加わりたかった。
◆
風向きが変わったのは、ある日、大きな仕入れの話を持ちかけられた時だった。
「倉庫一つ分の、輸入雑貨。まとめて、鑑定してほしい」
持ち込んできたのは、中堅どころの貿易商だった。真価を見誤って高値で仕入れてしまい、大損する前に、確かめたいという話だった。
俺は、倉庫に足を運んだ。
棚に並んだ品を、片端から、眼で見ていく。
半分ほどは、真っ当な品だった。だが、残りは、明らかに、値段の割に真価が低い。
〈絨毯:市場3,200・真価900〉
〈香油:市場1,800・真価400〉
俺は、それを一つずつ、貿易商に伝えていった。
「これは、仕入れ値の半分以下です。この仕入れ先、信用できません」
貿易商の顔が、みるみる青ざめた。
「まさか……バルト商会の口利きで、仕入れたのに」
その名前に、聞き覚えがあった。
この大市場で、最大手の商会。多くの商人が、そこを介して、仕入れをしている。
俺の鑑定結果は、間接的に、その商会の信用を、疑うことになる。
◆
案の定、数日後。
ゴダじいさんの店に、身なりのいい男が、訪ねてきた。
商人風だが、腰の低さの奥に、値踏みするような目をしている。
俺は、眼を向けた。
〈真価:1,200クル〉──それなりの器の男だ。感情の色に、〈苛立ち〉と〈警戒〉が滲んでいる。
「お前が、噂の鑑定士か」
「ノアです」
「バルト商会の、代理の者だ」
やっぱりか、と思った。
「うちの仕入れ品を、値切らせるような真似をしてくれたそうだな」
「値切らせたつもりはありません。鑑定結果を、正直に伝えただけです」
「その結果とやらが、間違っているとは、考えなかったのか」
男の声に、静かな圧があった。
俺は、眼を、もう一度、彼に向けた。
〈苛立ち〉が、さらに濃くなっている。それから──〈焦り〉。
図星を突かれた人間の顔だ。
「間違っていない、と思っています」
俺は、はっきりと、言った。
「もし違うと言うなら、バルト商会さんの方で、第三者の鑑定を、受けてみてはどうですか」
男の顔が、一瞬、強張った。
「……小僧が、生意気な口を」
「事実を言ってるだけです」
男は、しばらく俺を睨んでいたが、やがて、鼻で笑った。
「いいだろう。だが、覚えておけ。この街で商売をするなら、うちを通さないと、いずれ困ることになる」
それだけ言い残して、男は、店を出ていった。
◆
ゴダじいさんが、腕を組んで、俺を見た。
「敵に回したな、バルト商会を」
「向こうが、勝手に、出てきただけだ」
「まあ、そうだが」
じいさんが、ため息をついた。
「あそこは、この街の流通を、半分近く握ってる。まともにぶつかったら、痛い目を見るぞ」
「じゃあ、見て見ぬふりをすればよかったのか」
「そうは言ってない」
じいさんが、にやりと笑った。
「お前がそういう性分だってことは、最初から分かってる。ただ、覚悟だけは、しておけって話だ」
俺は、頷いた。
真価を見誤らせて、儲ける。それがバルト商会のやり方なら、いずれ、正面からぶつかることになる。
この眼は、嘘をつけない。
だったら、俺も、逃げるつもりはなかった。




