鑑定試験
商業ギルドの建物は、貧民街から見ると、別の世界のようだった。
白い石造りの壁、磨かれた床、行き交う商人たちの上等な服。
その入り口に立った時、俺は、場違いだと、思い知らされた。
「……本当に、大丈夫なのか」
「大丈夫」
アイリスが、俺の隣で、あっさり言った。
「わたしが保証人になってる。文句を言わせない」
どうしてそんなに自信があるのか、聞きたかった。でも、聞く前に、受付の職員がこちらに気づいた。
職員は、アイリスの顔を見た瞬間、一瞬だけ、明らかに動きを止めた。
それから、何事もなかったように、事務的な笑みを浮かべた。
「……お連れ様の受験ですね。こちらへ」
今の間は、なんだったんだろう。
俺は、眼をアイリスに向けた。
〈真価:ERROR〉。変わらない。
彼女の正体は、相変わらず、俺には見えない。
◆
試験会場には、長机が並び、その上に、様々な品が置かれていた。
試験官は、白髪の老人だった。銀縁の眼鏡の奥から、値踏みするような目で、俺を見た。
「貧民街育ちの、鑑定なしか」
俺の経歴は、もう調べがついているらしい。
「鑑定でゼロと出た子どもが、なぜ、商人になろうとする」
「ゼロだったからです」
俺は、まっすぐ、老人を見返した。
「才能がないなら、別の目で、稼ぐしかない」
老人は、しばらく黙って、それから、鼻を鳴らした。
「威勢だけは、いいな。……いいだろう。並べた品の真価を、言ってみろ」
◆
試験は、単純だった。
机に並んだ10点の品。俺は、それぞれの真価を、口にしていく。
〈壺:真価430クル〉。
「これは、430クル」
試験官の目が、細くなった。周りで見ていた職員たちが、何かを確認するように、書類をめくった。
「……正解だ」
驚きの声が、小さく漏れた。
俺は、続けた。次の品も、その次の品も、迷わず言い当てていく。
偽物と本物が混じっていることにも、すぐ気づいた。〈ERROR〉ではなく、はっきりと、低い数字が出ているものは、ただの安物だ。
9つまで、完璧だった。
最後の1点。豪華な装飾のついた指輪が、台の上に置かれていた。
〈真価:ERROR〉。
俺は、息を呑んだ。
アイリスと、同じ表示だ。
……この指輪も、あの子と同じ、何かなのか。
「どうした」と、試験官が、俺の反応を、興味深そうに見た。
「これだけ、答えが出ません」
「ほう」
試験官が、初めて、はっきりと笑った。
「これは、鑑定阻害の魔法がかけられている。特殊な品だ。答えが出ないのが、正解だよ」
どういうことだ、と俺は思った。
この指輪には、意図的に、目くらましの魔法がかけられている。それで、俺の眼が、弾かれる。
アイリスの〈ERROR〉も、もしかしたら、同じ仕組みなのか。
だとしたら、彼女には、この指輪と同じような、何かが、かかっている。
偶然の空白じゃない。
誰かが──あるいは、何かが、彼女の真価を、隠している。
考えがまとまる前に、試験官が、書類に何かを書きつけた。
「10点中9点、正答。最後の1点は、答えが出ないこと自体が正しい判断だ。……見事だ」
試験官が、俺を見た。
「鑑定なしの子どもが、これほどとはな。合格だ」
◆
ギルドの外に出ると、アイリスが、待っていた。
「どうだった」
「合格した」
アイリスの口元が、わずかに緩んだ。
「よかったね」
俺は、彼女を見た。
「一つ、聞きたいことがある」
「なに」
「最後の品、鑑定阻害の魔法がかかってた。……あんたにも、同じものが、かかってるのか」
アイリスの表情が、初めて、はっきりと固まった。
長い沈黙のあと、彼女は、静かに言った。
「──いつか、話す」
それだけ言うと、アイリスは、俺より先に、歩き出した。
俺は、その背中を見ながら、思った。
この世界には、真価を隠す方法がある。
偶然、俺の眼が読めないだけじゃない。誰かが、意図して、隠している。
だったら、いつか。
真価を偽って、俺を騙そうとする者も、現れるはずだ。
その時、俺の眼は、本当に、頼りになるのか。
懐にしまった、真新しいギルド証を、俺は、そっと握りしめた。




