塩の行き先
競売の儲けで、懐が、温まった、翌日。
バルト商会の、王都支店から、使いが来た。
「隊商の頭から、言伝です。『例の樽の件で、話がある。顔を出せ』と」
例の樽。道中の、密売塩だ。
俺は、すぐに、支店へ、向かった。
◆
王都支店の、奥の部屋で、頭が、待っていた。
「よう、化け物道具屋。……王都で、もう、稼いでるらしいな。競売場で、田舎の子どもが荒稼ぎしたって、噂になってるぞ」
「耳が早すぎませんか、この街」
「商人の街だからな」
頭は、笑ってから、真顔に、なった。
「本題だ。あの塩の樽、覚えてるな」
「もちろん」
「あれな、捨てずに、届けてやった」
「……は?」
思わず、聞き返した。
「届けた!? 密売品をですか!?」
「落ち着け。届けた上で、泳がせたんだ」
頭は、にやりと、笑った。
「樽には、王都の届け先が、指定されてた。東地区の、しがない油問屋だ。うちの若いのに、樽を届けさせて、その後、問屋を、見張らせた。……樽が、次に、どこへ運ばれるか」
さすが、大商会の隊商頭。ただでは、転ばない。
「それで、樽は、どこへ」
「3日、油問屋の倉庫で、寝てた。4日目の夜、荷馬車が来て、樽を、積んでいった。行き先は──」
頭は、声を、落とした。
「専売庁の、外郭倉庫だ」
一瞬、意味が、分からなかった。
「専売庁って……塩の専売を、管理してる、お役所ですよね」
「ああ。塩の、値段と流通を、一手に握ってる、王国の役所だ」
「密売の塩が、なんで、取り締まる側の、倉庫に入るんですか」
「だから、腐ってるのさ」
頭は、吐き捨てるように、言った。
「考えても、みろ。密売塩ってのは、税を通ってない塩だ。それが、専売庁の倉庫に入って、正規の焼き印を、押されて出てくれば……どうなる」
背筋が、冷えた。
「……ただの、正規の塩に、化ける」
「そうだ。税を払わずに、仕入れた塩を、正規の値段で、売る。差額は、丸ごと、誰かの懐だ」
頭の中で、伯爵の走り書きが、蘇った。
──塩税の実収と、王庫への納入額が、合わない。差額は、5年で、およそ300万クル。何者かが、間で、抜いている。
13年前、シャルダン伯爵が、掴みかけた不正。
それが、姿を変えて──いや、たぶん、姿すら変えずに、今も、続いている。
「頭。その、専売庁の倉庫って、誰の管轄ですか」
「調べた」
頭は、一枚の紙を、卓に、滑らせた。
「専売庁の、次官どのだ。名前は、ギデオン・ロス。……13年前から、ずっと、塩の流通部門を、握ってる男だ」
13年前から。
その一言が、全てを、繋げた気がした。
「ただしな、ノア」
頭が、俺を、正面から、見た。
「ここから先は、俺たち商人の、領分じゃねえ。相手は、王国の役人。それも、大物だ。証拠もなしに、名前を出しただけで、こっちが、潰される」
「……分かってます」
「分かってて、その顔か」
頭は、ため息を、ついた。
「オルグの旦那から、言付かってる。『あいつは、止めても、行く。だから、せめて、転び方だけ、教えてやれ』とな」
「転び方?」
「証拠だ。役人を追い詰めるなら、言い逃れのできねえ、物の証拠。それも、一つじゃ、駄目だ。揉み消される。……複数の筋から、同時に、突きつける。それまで、絶対に、こっちの動きを、悟らせるな」
商人の、喧嘩の作法だった。
俺は、深く、頷いた。
◆
店に戻って、ミラとアイリスに、全部、話した。
「ギデオン・ロス」
ミラの顔色が、変わっていた。
「知ってるのか」
「……工房にいた頃、何度か、名前を聞いた。上得意の、一人よ。注文の中身までは、道具のわたしには、知らされなかったけど」
化粧師の、上得意。専売庁の、次官。13年前から、塩を握る男。
点と点が、線になり。
線の先に、初めて、名前のある、敵が、立った。
「アイリス」
俺は、彼女を、見た。
「あんたの家を潰した相手、かもしれない男の、名前が、分かった」
アイリスは、しばらく、黙っていた。
それから、静かに、頷いた。
「……うん」
その目には、恐れよりも、強い光が、あった。
「ノア。わたし、決めた」
「何を」
「思い出す。全部。……怖いから、じゃなくて、知りたいから、思い出す。それで、いつか、その男の前に、立つ」
シャルダン家の、生き残りとして。
彼女は、その言葉を、口には、しなかった。
でも、覚悟は、はっきりと、伝わってきた。
「なら、商人の俺が、やることは、一つだ」
俺は、笑ってみせた。
「そのために必要なものを、全部、揃える。金も、証拠も、味方も。……仕入れは、得意なんでね」




