疑心暗鬼の競売
反撃には、金がいる。
手元の路銀は、旅の間に少し減って、19,000クルほど。王都の物価を考えれば、心もとない。
「王都で、手っ取り早く、元手を増やすなら」
ミラが、教えてくれた。
「西の、公開競売場ね。毎日、昼から、開いてる。……ただし、今は、お勧めしないけど」
「なんで」
「行けば、分かるわ」
◆
西の競売場は、閑散と、していた。
いや、人は、いる。だが、空気が、冷え切っていた。
壇上に、品が出る。銀の燭台。競売人が、声を張る。
「さあ、由緒ある銀燭台! 5,000クルから!」
会場は、しん、としていた。
誰も、札を、上げない。
「……4,000! 4,000でどうだ!」
沈黙。
「3,000!」
ようやく、一人が、渋々、札を上げた。結局、燭台は、3,200クルで、落ちた。
俺の眼には、見えていた。
〈銀燭台:真価7,200クル〉
正真正銘の、本物だ。それが、真価の半値以下で、投げ売られている。
「……どうなってるんだ、これ」
「先月、事件があったの」
ミラが、小声で、言った。
「この競売場で落札された、6万クルの絵画が、まがい物だった。買ったのは、さる男爵。大恥をかいて、大騒ぎになった。……それ以来、これよ」
なるほど、と思った。
一度、偽物を掴まされた市場は、こうなる。
全員が、全部を、疑う。本物まで、偽物に見える。誰も、強気の値を、つけられない。
疑心暗鬼は、市場全体の値段を、腐らせる。
「ちなみに、その絵画のまがい物は」
「ええ。うちの元同僚たちの、仕事でしょうね」
ミラは、他人事のように、言った。
「化粧師が、偽物を、一つ混ぜる。市場は、全部を疑い出す。値が、崩れる。……崩れた値で、本物を、買い漁る者がいる。そこまでが、奴らの、商売」
偽物で稼ぎ、本物の暴落でも稼ぐ。
二重に、あくどい。
だが──皮肉なことに。
今、この腐った市場は、俺にとって、宝の山だった。
誰もが、疑って、買えない本物を。
俺だけは、一目で、本物だと、分かる。
◆
その日の午後、俺は、競売に、参戦した。
方針は、単純だ。真価より、大幅に安く落ちそうな、本物だけを、拾う。
〈銀食器一式:真価12,000クル〉──場は疑って、値がつかない。2,800クルで、落札。
〈古い絵皿:真価4,500クル〉──1,100クルで、落札。
〈翡翠の帯留め:真価6,000クル〉──これは競り合いになったが、2,300クルで、落札。
逆に、豪華な見た目で、場が少し盛り上がった、金の香炉。
〈金の香炉:真価800クル〉──まがい物だ。黙って、見送った。それは、4,000クルまで競り上がって、どこかの商人が、落とした。……ご愁傷さまとしか、言いようがない。
締めてみれば、支出6,200クルで、真価22,500クル分の、本物を、仕入れた。
「……ねえ」
帰り道、荷物を抱えたアイリスが、言った。
「ノア、競売の間、ずっと、にやにやしてた」
「してない」
「してた。悪い顔だった。〈悪徳商人:真価6,200クル〉って、感じの顔」
「誰が悪徳だ。俺は、本物を、正しく評価しただけだ。……あと、俺の真価、勝手に、安くつけるな」
◆
仕入れた品は、ミラの伝手で、王都の目利き商たちに、持ち込んだ。
面白いことに、競売場の外では、品物は、ちゃんとした値で、売れた。疑心暗鬼は、あの会場の中だけの、病気らしい。
銀食器一式が、11,500クル。絵皿が、4,200クル。帯留めが、5,800クル。
売上、合計21,500クル。仕入れが6,200クルだから、差し引き、15,300クルの利益。
手元の資金は、19,000から、34,300クルに、跳ね上がった。
「一日で、これ……」
ミラが、帳簿を覗き込んで、目を、見開いた。
「本当に、化け物ね、あなたの眼」
「言っとくが、いつもこうじゃない。今の競売場が、異常なだけだ」
俺は、釘を、刺した。
「市場が正気に戻れば、こんな拾い物は、なくなる。……それに」
俺は、窓の外の、王都の街並みを、見た。
「この疑心暗鬼を、作ったのは、化粧師だ。連中が、市場を腐らせて、その腐った実を、食ってる。……俺が今日拾ったのは、その、おこぼれみたいなもんだ」
稼ぎは、嬉しい。でも、後味は、少しだけ、苦かった。
市場ってやつは、信用で、できてる。
嘘が、一つ混ざるだけで、本物まで、全部が、安くなる。
化粧師は、その逆を、やればやるほど、儲かる仕組みの、上にいる。
「潰しがいが、あるな」
俺は、呟いた。
金の恨みと、市場の恨み。
商人として、これほど、燃える相手は、いなかった。




