飛び入り鑑定
翌日、俺たちは、商業ギルドの、王都本部へ、向かった。
目的は、二つ。俺のギルド証が、王都でも通じるかの確認と、情報集めだ。
ギルド本部は、宮殿かと見紛う、立派な建物だった。
「地方のギルド証、ですか」
受付の男が、俺の証を、つまむように、持った。
「有効では、ありますが。……王都で商いをするなら、王都基準の、鑑定士資格を、改めて取ることを、おすすめしますね。地方の資格では、正直、誰も、相手にしませんよ」
言い方に、棘があった。田舎者が、という顔に、書いてある。
〈真価:95クル〉〈侮り〉。
数字まで、はっきり、俺を軽んじていた。
「その、王都基準の資格って、どうすれば」
「毎月の、登用試験に受かるか──」
受付の男は、ちらりと、ホールの奥を、見た。
「あちらの、“飛び入り鑑定”で、勝ち残るか、です」
◆
ホールの奥では、人だかりが、できていた。
台の上に、品物が一つ、置かれる。挑戦者たちが、鑑定額を、書いて出す。ギルドの正鑑定士の査定に、一番近かった者が、勝ち。
三回、連続で勝てば、王都の鑑定士資格が、その場で、もらえるという。
「腕自慢の、見世物ってわけか」
挑戦料は、一回50クル。観客からは、笑い声が、飛んでいた。挑戦者が、外すたびに、盛り上がる。半分、賭け事の的に、なっているらしい。
「やるの?」
アイリスが、聞いてきた。
「ああ。試験を、毎月待つより、早い」
「勝てる?」
「アイリス。俺が、これで負けたら」
「負けたら?」
「……いや、負ける想像が、できなかった」
「じゃあ、聞かないで」
◆
一品目は、古い、青磁の皿だった。
挑戦者は、俺を入れて、6人。他の連中は、皿を、ためつすがめつ、眺め回している。
俺には、見た瞬間から、出ていた。
〈青磁皿:真価1,250クル〉
俺は、木札に「1,250」と書いて、出した。
正鑑定士の査定は、1,240クル。
「差、10クル! 本日の、最接近です!」
どよめきが、起きた。
二品目は、羽根飾りのついた、儀礼用の短剣。
〈短剣:真価780クル〉
俺の札、780。査定、780。
「一致! 完全一致が、出ました!」
ホールが、沸いた。さっきまで、笑いの種だった飛び入り台が、一気に、見世物の主役に、なっていた。
「おい、あの子ども、何者だ」
「三品目、いくら賭ける?」
……観客の側で、俺を的にした賭けが、始まっていた。王都の連中は、たくましい。
三品目が、運ばれてきた。
布が、めくられる。
現れたのは、宝石をちりばめた、黄金の腕輪だった。観客から、ほう、と、ため息が、漏れる。
俺は、眼を向けて──止まった。
〈黄金の腕輪:市場60,000クル・真価2,900クル〉
まがい物だ。それも、あの貴金属通りに並んでいたのと、同じ気配の。
会場を、見回す。正鑑定士は、澄ました顔だ。こいつは、これが偽物だと、分かっていて、出しているのか。それとも。
俺は、木札に、書いた。
「2,900」
どよめきと、笑いが、起きた。他の挑戦者は、全員、50,000から70,000。俺だけが、桁違いに、安い。
「おいおい、坊主、しくじったな!」
「黄金が2,900なわけ、ないだろう!」
正鑑定士が、俺の札を見て、初めて、表情を、動かした。
長い、沈黙のあと。
「……査定、3,000クル。この腕輪は、精巧な、模造品です。飛び入り挑戦者の勝ち。三連勝に、つき」
ホールが、今日一番、どよめいた。
「規定により、王都鑑定士の資格を、認めます」
◆
手続きの席で、俺は、さりげなく、切り出した。
「あの腕輪みたいな、精巧なまがい物、王都には、多いんですか」
書類を書いていた、ギルドの職員の手が、止まった。
「……多い、ですね。近年、特に」
「“化粧師”の仕事だって、聞きましたけど」
その瞬間だった。
職員の顔から、表情が、消えた。
〈恐怖〉。
感情の色が、一色に、塗り潰された。
「──存じません」
「でも、今」
「存じません。手続きは、以上です。おめでとうございます」
職員は、書類を、押し付けるように、寄越すと、席を、立ってしまった。
周りにいた、他の職員たちも、俺と、目を合わせない。
ホールの、あの熱気が、嘘のように。俺の周りだけ、空気が、冷えていた。
「……ねえ、ノア」
帰り道、アイリスが、言った。
「あの名前、口にしただけで、あんなに、なるんだ」
「ああ。……この街じゃ、化粧師は、噂話にすら、できないらしい」
それほどの、力。それほどの、恐怖。
その夜、宿に戻ると、部屋の扉の下に、一通の、手紙が、差し込まれていた。
差出人の、名前はない。
開くと、短い一文だけが、あった。
「化粧師を知りたい鑑定士どのへ。明日の日暮れ、東の第三倉庫街、青い扉の店に、一人で来られたし」
俺とアイリスは、顔を、見合わせた。
撒いた餌に、何かが、食いついた。
それが、魚なのか。鮫なのか。
まだ、分からなかった。




