樽の中身
翌朝、俺は、頭に、樽のことを、報告した。
罠の可能性も、考えた。だが、黙っていて、後で発覚したら、疑われるのは、正体を偽って乗っている、俺たちの方だ。
「油樽に、9,000クルの中身、だと?」
頭の顔色が、変わった。
「馬鹿な。積み荷は、全部、出発前に、俺が検めた。油は、樽3つ。焼き印も、書類も、揃ってた」
「中身まで、開けました?」
「……いや。封がしてあったからな」
頭は、しばらく、唸ってから、俺を、睨んだ。
「お前、なんで、中身が違うと、分かる」
まずい。眼のことは、言えない。
「に、匂いです」
「匂い?」
「その、油の樽って、ほら、微妙に、匂いが、漏れるじゃないですか。一つだけ、その、匂いが……しなくて」
我ながら、苦しい言い訳だった。
頭は、じっと、俺を見た。
「……オルグの旦那が、言ってたよ。『あいつの目利きは、理屈を聞くな。当たるから、それでいい』とな」
どうやら、俺のことは、ある程度、聞かされていたらしい。
「よし。樽を、検める。……ただし、静かにだ。仕込んだ奴が、隊商の中に、いるかもしれん」
◆
昼の休憩中、頭と俺は、荷馬車の陰で、こっそり、例の樽の封を、切った。
中から、出てきたのは。
油に浸かった、油紙の包みだった。
開くと、ぎっしりと、詰まっていた。
「……塩、か?」
頭が、眉をひそめた。
白い、結晶の塊。だが、俺の眼は、違う数字を、出していた。
〈精製塩(密売品):真価8,600クル〉
「ただの塩じゃ、ないですね」
俺は、言った。
「税を通ってない、密売の塩です。王国の専売品を、正規の荷に紛れさせて、王都に、運び込もうとしてる」
「なんで、そこまで分か──いや、いい。聞かん」
頭は、頭を抱えた。
「うちの隊商が、塩の密売の、運び屋にされかけてたってことか。ばれたら、商会の信用は、がた落ちだ」
塩。
その言葉に、俺は、引っかかっていた。
シャルダン伯爵が、追っていたのも、塩税の横領だった。13年経った今も、塩の裏の流れは、生きている。
偶然かもしれない。でも、覚えておく価値は、あった。
「頭。仕込んだ犯人、炙り出しましょう」
「あてが、あるのか」
「樽を、元に戻して、何食わぬ顔で、進むんです。犯人は、必ず、樽の無事を、確かめに来ます」
◆
その夜の、野営。
俺は、焚き火を囲む人足たちを、順番に、眼で見ていった。
〈真価:60クル〉〈平静〉。
〈真価:85クル〉〈疲労〉。
〈真価:150クル〉〈空腹〉。
……この男、飯を食った直後なのに、まだ空腹の色を出してるのは、少し面白かったが、犯人ではない。
そして、隊列の後方を任されている、無口な男。
〈真価:110クル〉〈緊張〉〈警戒〉。
視線が、ちらちらと、例の荷馬車に、飛んでいる。
見つけた。
俺は、頭に、目配せした。
頭は、頷くと、その男の隣に、どっかりと、座った。
「よう。……ところでよ、さっき、油樽を一つ、崖から落としちまってな」
「──は!?」
男が、勢いよく、立ち上がった。
「お、落とした!? どの樽だ!?」
「おう。焼き印の、右端が欠けた──」
「なんてことを! あれには9,000クルの……っ」
男は、そこで、固まった。
焚き火を囲む全員が、しん、として、男を見ていた。
「……油の樽の中身に、ずいぶん、詳しいんだな?」
頭が、にっこりと、笑った。
俺は、隣で、静かに、拍手したい気持ちを、堪えていた。誘導尋問が、豪快すぎる。
「ち、違う、俺は、その」
「ちなみに、樽は、落としてない。全部、無事だ。……中身も、確かめ済みだ」
男は、がっくりと、膝から、崩れ落ちた。
◆
男は、宿場で声をかけられ、金で雇われただけの、末端だった。樽を王都の指定の場所に、届くよう仕込む。それだけの依頼で、依頼主の顔は、フードで見えなかったという。
「フードの人物、ね」
俺は、腕を組んだ。手がかりは、そこで、途切れている。
「ノア」
頭が、俺の肩を、叩いた。
「助かった。この借りは、王都に着いたら、返す。……お前、本当に、何者だ?」
「ただの、しがない、道具屋です」
「しがない道具屋は、匂いで、塩の密売を、見抜かねえよ」
頭は、笑って、俺の背中を、ばしんと、叩いた。
肺から、空気が、全部出た。人足の力加減は、俺には、まだ早い。
隣で、アイリスが、無表情のまま、ぼそりと、言った。
「ノア、今、ちょっと、死んだ顔してた」
「……誰のせいだと」
王都まで、あと3日。
塩の、裏の流れ。フードの依頼主。
答えのある場所に、俺たちは、一歩ずつ、近づいていた。




