王都へ
出発の朝は、よく晴れていた。
街の東門の前に、バルト商会の隊商が、列を作っていた。荷馬車が8台。護衛の傭兵が、前後を固めている。
俺とアイリスは、荷運び人足の格好で、列の中ほどの馬車に、乗り込んだ。
見送りには、ゴダじいさんが、来ていた。
「餞別だ」
じいさんは、ぶっきらぼうに、小さな包みを、押し付けてきた。
開けると、あの、影糸の染料の瓶と、古びた眼鏡が、入っていた。
「贋作だらけの、王都だ。お前の眼だけじゃ、足りん時も、来る。……道具ってのは、そういう時のためにある」
「じいさん……」
「柄にもない顔を、するな」
じいさんは、そっぽを向いた。
「いいか、ノア。王都で、何を見つけても、何を知っても。……ちゃんと、帰ってこい。店の家賃は、待ってやらんからな」
「ああ」
俺は、笑って、頷いた。
「必ず、帰る。ここが、俺の店だ」
アイリスも、じいさんに、深く、頭を下げた。
「行ってきます」
「……気をつけてな、嬢ちゃん」
じいさんの声が、いつもより、少しだけ、柔らかかった。
◆
隊商が、動き出す。
街並みが、ゆっくりと、後ろに、流れていく。
貧民街の、屋根の連なり。大市場の、喧騒。真価堂の、小さな看板。
15歳の春、あの神殿で、ゼロを突きつけられた日から、まだ、半年も経っていない。
あの日の俺に、教えてやりたかった。
お前はこれから、店を持つ。仲間を持つ。そして、守りたい人が、できる。
隣に座るアイリスは、遠ざかる街を、じっと、見つめていた。
「初めて、なんだ」
彼女が、ぽつりと、言った。
「この街の外に、出るの。……覚えてる限りでは」
「怖いか」
「少し」
アイリスは、胸元のペンダントを、握った。
「でも、ノアが、隣にいるから」
さらりと、言われて、俺の方が、返事に、詰まった。
◆
街道を、進むこと、3日。
旅は、順調だった。
その日の夕方、隊商は、街道沿いの、宿場町に、入った。
夕食の席で、隊商の頭が、明日の予定を、話していた時だった。
宿の主人が、頭に、何かを、耳打ちした。
頭の表情が、わずかに、曇った。
食事の後、頭が、俺を、そっと、呼び出した。
「妙な話を、聞いた」
頭は、声を、落とした。
「数日前から、この宿場に、王都の方から来た、二人組が、滞在してるらしい。……人を、探してるそうだ」
「人探し、ですか」
「ああ。若い男と、若い女の、二人連れ。男の方は──」
頭は、俺の顔を、見た。
「“物の値段を、言い当てる、眼を持ってる”、そうだ」
背筋が、冷えた。
俺たちの、人相書きだ。それも、この眼のことまで、知られている。
王都の方から、来た。つまり、俺たちが、王都に向かうことすら、読まれている。
「……その二人組は、今、どこに」
「それが、な」
頭が、眉をひそめた。
「今日の昼過ぎに、宿を引き払ったそうだ。……行き先も、告げずに」
消えた。
俺たちが、この宿場に着く、わずか数時間前に。
偶然か。それとも、こちらの動きを、正確に、把握した上での、行動か。
俺は、部屋に戻り、アイリスに、事情を話した。
アイリスの顔から、血の気が、引いた。
「もう、追われてるの。……わたしたち」
「まだ、分からない」
俺は、努めて、冷静に、言った。
「でも、一つ、はっきりした。13年前の一件を、探られたくない誰かが、実在する。そして、そいつらは、もう、俺たちに、気づいてる」
窓の外、宿場町の灯りの向こうに、王都へ続く、暗い街道が、延びていた。
あと、4日。
その先に、答えと──おそらく、敵が、待っている。




