隠し引き出し
閉店後の店で、俺たちは、あの書き物机を、囲んでいた。
ゴダじいさんも、呼んであった。
「シャルダン家の、流れ品か」
じいさんは、机を、隅々まで、検分した。
「いい仕事だ。王都の、一流の指物師の作だな。……こういう机には、たいてい、仕掛けがある」
「仕掛け?」
「隠し引き出しだ。貴族ってのは、人に見せられない手紙の、一つや二つ、抱えてるもんでな」
じいさんは、引き出しを、全部、抜き出した。
机の裏に、手を入れ、指先で、木の継ぎ目を、丹念に、なぞっていく。
カチ、と、小さな音がした。
机の側面の板が、わずかに、浮いた。
「……あった」
じいさんが、板を、そっと、外す。
中から、出てきたのは、折り畳まれた、数枚の紙だった。
◆
紙は、黄ばみ、端が、脆くなっていた。
俺は、慎重に、開いた。
几帳面な、手書きの文字が、並んでいた。
「──帳簿の写し、だ」
数字の、羅列だった。塩の取引量と、納税額。年ごとに、几帳面に、記されている。
そして、最後の一枚に、走り書きが、あった。
「塩税の実収と、王庫への納入額が、合わない。差額は、5年で、およそ300万クル。何者かが、間で、抜いている。裏付けを取り次第、王に、上奏する」
署名は、なかった。
だが、この机の持ち主が、誰だったかを、思えば。
「シャルダン伯爵が、書いたもの、ってことか」
俺は、呟いた。
「塩税の、横領。……300万クル」
あまりの額に、実感が、湧かなかった。
俺の店の、全財産が、31,000クル。その、100倍だ。
「伯爵は、これを、告発しようとして」
アイリスの声が、震えた。
「その前に、謀反人に、仕立て上げられた……」
「筋は、通る」
じいさんが、重い声で、言った。
「塩は、王国の専売だ。その税を、抜けるとしたら、徴税か、流通に、深く食い込んでる人間。……相当な、大物だぞ」
俺は、あの偽装箱と、ベルナールの話を、思い出していた。
本物と見分けのつかない、偽の証拠。真価を、偽る細工。
「じいさん。前に言ってた、王都の裏工房。……名前とか、通り名は、ないのか」
じいさんは、少し、迷ってから、口を開いた。
「“化粧師”と、呼ばれてた」
「化粧師……」
「物の顔に、化粧を施す。偽物を本物に、本物を偽物に、見せかける連中だ。まっとうな商人は、名前を出すのも、嫌がる」
化粧師。
俺の眼を、欺いた、あの箱。伯爵を、陥れた、偽の証拠。
同じ、連中の仕事だとしたら。
「13年前の、絵が、見えてきた」
俺は、紙を、机に、置いた。
「伯爵は、塩税の横領に、気づいた。横領してた誰かは、化粧師を使って、伯爵を、謀反人に仕立てた。家は、潰された。……娘のアイリスだけが、誰かの手で、逃された」
「待て」
じいさんが、遮った。
「そこまでは、いい。だが、一つ、分からんことがある」
「なんだ」
「なぜ、アイリスの真価が、隠されてる。家を潰した側なら、生き残りは、消したいはずだ。なのに、誰かは、この子に、鑑定阻害までかけて、丁寧に、隠した。……守るように、だ」
店の中が、静まり返った。
じいさんの、言う通りだった。
アイリスの〈ERROR〉は、追手の仕業じゃない。
むしろ──彼女を、追手の目から、隠すための、何かだとしたら。
「……わたしを、逃した誰かが」
アイリスが、ぽつりと、言った。
「わたしに、隠れる細工を、かけてくれた?」
「かもしれん」
じいさんが、頷いた。
「だとしたら、そいつは、化粧師の技を、使える人間だ。……敵の技を、使ってな」
謎が、一つ、解けかけるたびに。
新しい謎が、二つ、増えていく。
それでも、確かなことが、一つ、あった。
答えは、この街には、ない。
王都に、ある。




