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小説 鑑定で才能ゼロと言われた俺、実は全部の価値が見える眼を持っていました  作者: ももの樹


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2/26

2600倍

 その夜、俺は孤児院の隅で、錆びた短剣を磨いていた。

 布に灰をつけて、ひたすらこする。指がじんじんする。

 みんな寝静まっている。才能なしが夜中に鉄くずを磨いていると知られたら、また笑われる。

 でも、手は止まらなかった。

 真価、8,000クル。眼が、そう言い切っている。

 この眼が正しいなら、俺の全財産は、今、鉄くず一本に化けている。

 どれくらい磨いただろう。

 柄の付け根に、何かが浮かんできた。

 錆の下の、小さな刻印。獣の頭を象った、古い印だ。

 俺は、それを知らなかった。

 でも、眼の数字は、微動だにしない。

 〈真価:8,000クル〉

 ……見えているものを、信じるしかない。

 俺には、剣も魔法もない。あるのは、この眼だけだ。

   ◆

 翌朝、俺は商業区へ向かった。

 貧民街とは、空気からして違う。石畳は磨かれ、看板は塗り直され、人の服がまともだ。

 道具屋が、何軒も並んでいる。

 俺は、その一軒ずつを、眼で舐めていった。

 店ごとに、店主に数字が浮かぶ。人の真価も、この眼には見える。

 〈真価:40クル〉──小心者。人を見て値をつける男だ。

 〈真価:220クル〉──目利きだが、強欲。弱みを見せたら食われる。

 その先の、小さな店の店主。

 〈真価:310クル〉

 数字の脇に、薄く色がにじんでいた。感情の色だ。この店主は、退屈している。良い品に、飢えている。

 ここだ、と思った。

 俺は、暖簾をくぐった。

「邪魔するよ」

「……子どもか。うちは玩具は置いてないぞ」

 俺は、黙って短剣を置いた。

 店主の眉が、ぴくりと動いた。

「なんだ、この錆は。鉄くずじゃないか」

 口では、そう言った。

 だが、眼に見えた。店主の感情の色が、一気に跳ね上がる。〈動揺〉。それから、必死に抑え込もうとする〈平静〉。

 嘘をついている。この人は、これが鉄くずじゃないと、もう気づいている。

「柄の刻印、見えますか」と、俺は言った。

 店主の指が、止まった。

「……獣頭の印。まさか、隻眼のドルグの」

「その人は、有名ですか」

「50年前に死んだ、王国一の鍛冶師だ。現存する作は、両手で数えるほどしかない」

 店主が、ごくりと喉を鳴らした。それから、また表情を作り直す。

「だが、この錆だ。真作かどうかも怪しい。……まあ、100クルで引き取ってやろう」

 100クル。

 俺の眼は、こう言っている。

 〈真価:8,000クル〉

 80分の1だ。

 昨日までの俺なら、100クルでも飛び上がって喜んだだろう。3クルの飯代しか、持っていなかったのだから。

 でも、今は、見えている。

「3,000クル」と、俺は言った。

 店主が、噴き出した。

「3,000! 鉄くずが!?」

「鉄くずだと思うなら、100クルも出さないでしょう」

 店主の、笑いが止まった。

 俺は、続けた。

「あなたはこれを、コレクターに、もっと高く売る。だから、動揺した。……顔に、出てましたよ」

 半分は、はったりだ。

 でも、残り半分は、この眼が見せてくれた本当だ。

 店主は、長いこと、俺を見ていた。

 やがて、大きなため息をついた。

「……3,000だ。持っていけ、化け物め」

「まいどあり」

   ◆

 店を出て、俺は袋の重みを、確かめた。

 銀貨で、3,000クル。

 昨日、飯代の銅貨3枚を、握りしめていた手だ。その手に、今、3,000クルがある。

 1000倍。

 本当は、8,000の価値がある。3,000で手放したから、5,000は店主に食われた。

 ……悔しくは、あった。

 でも、これが、市場の値段と、本当の価値の、差だ。

 その差を、誰よりも先に見つけて、拾う。眼が拾い、口が値をつける。

 剣も魔法も、いらなかった。

 俺は、空を見上げた。

 昨日と同じ、憎らしいほどの晴れだ。

 でも、見え方が、まるで違った。

 さて、と思う。

 この3,000クルを、飯に変えて終わらせるのか。それとも──次の、2600倍を、探しにいくのか。

 答えは、決まっていた。

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