才能0
物心ついた時には、もう孤児院にいた。
9つの歳から、貧民街のがらくた屋に、働きに出された。店主はゴダというしわくちゃのじいさんで、質の悪い偏屈だったが、飯を食わせてくれるだけましだった。
仕事は、値踏みの手伝いだ。
客が持ち込むがらくたに、ゴダじいさんが値をつける。二束三文で買い叩いて、そ知らぬ顔で高く売る。それが商売だと、じいさんは笑っていた。
「言い値と、本当の値打ちは、別もんだ。それを見誤った方が損をする」
その言葉だけは、やけに耳に残った。
読み書きも、そろばんも、店の帳簿をつけながら覚えた。学院になんて行けるはずもない平民の子どもが、なぜか妙に数字に強くなったのは、そのせいだ。
だから、俺はずっと思っていた。
物にも、人にも、本当の値打ちというものがある。それが、誰の目にも見えたなら。
この国では、15になると才能を鑑定される。
神殿の水晶に手を触れると、その者の魔法適性が数字になって浮かぶ。剣の才も、そこで大体わかるとされていた。
数字が高ければ、貴族に召し抱えられる。もっと高ければ、王都の学院に招かれる。
平民が這い上がれる、たった一つの階段だ。
だから俺は、朝からずっと手が震えていた。
俺の名前はノア。孤児院育ちの、ただの平民だ。
順番が回ってきて、水晶に手を乗せた。
ひやりと冷たい。やがて、中に光が灯る。
数字が、浮かんだ。
──0
しん、と神殿が静まった。
神官が、気まずそうに咳をする。
「……次の者」
それだけだった。
魔法適性、ゼロ。剣の才も、ゼロ。この国の鑑定で、ゼロは「才能なし」を意味する。人としてではなく、荷物として数えられる側だ。
まわりの子どもたちが、そっと目を逸らした。嘲笑でも、同情でもない。ただ、関わりたくない。そういう目だ。
俺は神殿を出た。
空は、憎らしいほど晴れていた。
◆
石段に座り込んで、しばらく動けなかった。
15年、この日のために生きてきたようなものだった。孤児院の飯を我慢して、薪を割って、それでも本だけは読んだ。いつか、ここから出るために。
その階段が、たった今、消えた。
目の奥が、じわりと熱くなる。泣くのだけは嫌で、ぎゅっと目を閉じた。
──そして、開けた時。
世界が、変わっていた。
見えるもの全部に、数字がついていた。
石段に〈石材:4クル〉。道端の雑草に〈薬草:0.2クル〉。頭上を横切った鳥に〈野鳥:3クル〉。
クル。この国の通貨の単位だ。
……頭でも打ったか。そう思って、何度も瞬きした。
消えない。むしろ、はっきりしてくる。
値段じゃない、と気づいたのは、道具屋の看板を見た時だった。
店先に「特価 銅の鍋 50クル」と札が出ている。だが俺の眼には、こう見えた。
〈真価:12クル〉
札は50。眼は12。
ぼったくりだ。
逆に、その隣。
埃をかぶった、くすんだ短剣。刃は錆び、柄は割れている。投げ売りの籠に放り込まれ、札にはこうあった。
「鉄くず 3クル」
俺の眼には、違う数字が浮かんでいた。
〈真価:8,000クル〉
息が、止まった。
3クルの鉄くずが、真価8,000クル。2600倍。
市場の値段と、本当の価値。その、ズレ。
誰も、気づいていない。
この店の親父も。目の前を通り過ぎる客も。たぶん、この街の誰も。
俺だけが、見えている。
……剣も魔法も、ゼロ。それは、いい。
でも、これは。
これは、才能じゃないのか。
懐に手を入れた。銅貨が、3枚。今日の飯代で、全財産だ。
迷ったのは、一瞬だった。
「おやじさん。その錆びた短剣、くれ」
「あん? あんな鉄くず、3クルもすんぞ」
「ちょうど、3クルある」
店主は、変な子どもを見る目で、短剣を寄越した。
「まいどあり。物好きだねえ」
物好き、か。
俺は錆びた短剣を、両手で受け取った。ずしりと、重い。
飯代は、消えた。今夜は、水を飲んで寝ることになる。
それでも、笑いが込み上げた。
久しぶりに、腹の底から。
◆
その帰り道。ふと、確かめたくなった。
俺自身の、真価。ゼロと言われた、この身の。
手のひらを開いて、見た。
そこにも、確かに文字は浮かんだ。
〈真価:??????〉
……読めなかった。
世界中の値段が見えるのに。錆びた鉄くずの真価まで見抜けるのに。
自分の値段だけが、見えない。
俺は、しばらくその手を見つめた。
それから、錆びた短剣を握り直した。
いいさ。
自分の値段は、これから、自分でつける。
この眼で、誰も気づいていない価値を、拾い続けて。
いつか、この国ごと、値踏みし返してやる。
才能なしの平民は、そう決めた。




