ベルナール
ベルナールという老人を、探し始めて、10日ほどが経った。
街の外れの、隠居宅を、一軒ずつ、当たっていく。地道な作業だった。
見つかったのは、ある小さな畑の、奥の一軒家だった。
「ベルナールさんは、あんたですか」
俺が声をかけると、畑仕事をしていた、白髪の老人が、顔を上げた。
「……誰だ、お前は」
「ノアといいます。役所の記録庫で、あなたの名前を、聞きました」
老人の目が、細くなった。
「記録庫……何を、調べてる」
「シャルダン伯爵家のことです」
老人の手から、鍬が、こぼれ落ちた。
◆
「13年も、前のことだ」
ベルナールは、家の中で、震える手で、茶を淹れながら、言った。
「なぜ、今さら、それを」
俺は、隣に座る、アイリスを、見た。
アイリスは、緊張した面持ちで、老人を、見つめている。
「この子が、シャルダン家の関係者かもしれません」
俺は、率直に、言った。
ベルナールが、アイリスの顔を、まじまじと、見つめた。
やがて、震える声で、呟いた。
「……その目元。まさか、リディア様の」
「リディア……様?」
「シャルダン伯爵の、末の娘だ。当時、5つか、6つだった」
アイリスの体が、こわばった。
「わたし、が」
「断定は、できん。だが……瓜二つだ」
ベルナールは、深く、息を吐いた。
◆
「13年前、俺は、まだ、若い書記官だった」
老人は、ぽつり、ぽつりと、語り始めた。
「シャルダン伯爵は、謀反を企てた、とされた。だが……俺は、書類を扱う立場で、知っていた。あれは、でっち上げだ」
「でっち上げ?」
「証拠は、後から、作られたものだった。伯爵の署名も、印章も。……本物と、見分けがつかないくらい、精巧にな」
俺は、息を、呑んだ。
「本物と、見分けがつかない、偽物」
「そうだ」
ベルナールが、頷いた。
「当時から、噂はあった。王都の、裏工房が絡んでいるとな。……真実を、都合よく、書き換える連中だ」
王都の、裏工房。
ゴダじいさんが、言っていたのと、同じ話だった。
「なぜ、シャルダン家は、狙われたんですか」
「それは、俺にも、分からん。ただ……伯爵は、当時、ある不正の証拠を、掴んでいたという、噂があった」
「不正?」
「誰の不正かまでは、俺も、知らん。……知る前に、伯爵は、失脚した。俺は、ただ、怖くなって、それ以上、調べるのを、やめた」
ベルナールの声に、悔いが、滲んでいた。
「一族は、処刑されたと、聞きました」
俺は、慎重に、言った。
「表向きは、そうだ」
ベルナールは、首を振った。
「だが、俺は、当時、一人だけ、幼い娘が、こっそり、街の外へ、逃されるのを、見た。……誰が、逃したのかまでは、分からん。だが、確かに、見た」
アイリスの目に、涙が、浮かんでいた。
「わたし、が……逃されたの」
「分からん」
ベルナールは、静かに、言った。
「だが、もし、お前が、あの時の子どもなら……よく、13年も、生き延びたな」
◆
家を出た後、アイリスは、しばらく、無言だった。
夕暮れの、畑道を、二人で、歩いた。
「シャルダン、リディア」
アイリスが、小さく、その名前を、口にした。
「……わたしの、名前、かもしれない」
「まだ、断定はできない」
俺は、慎重に、言った。
「でも、近づいてる」
「うん」
アイリスは、頷いた。
その顔は、怯えているようで、同時に、どこか、まっすぐだった。
「怖いけど……知りたい。今は、そう思う」
俺は、彼女の横顔を、見た。
以前、彼女が、街外れの礼拝堂で、言っていた言葉を、思い出した。
思い出すのが、怖い、と。
それでも、彼女は今、前を向こうとしている。
王都の、裏工房。偽造された証拠。逃された娘。
点は、少しずつ、線に、繋がり始めていた。
その線の先に、何が、待っているのか。
俺の眼は、まだ、そこまでは、見通せない。




