初めての誤算
ベルナールという名前を、手がかりに、街の外れを、当たってみた。
だが、すぐには、見つからなかった。隠居した老人一人を探すのは、思ったより、骨が折れる。
焦っても仕方ない。俺は、いったん、店の仕事に、意識を戻した。
◆
その日、真価堂に、一人の女が、訪ねてきた。
旅装の、地味な身なり。俯きがちで、顔立ちは、よく見えない。
「これを、買い取って、もらえますか」
女は、そう言って、小さな、装飾箱を、カウンターに置いた。
象牙細工で、蓋には、精緻な彫刻が、施されている。
俺は、眼を、箱に向けた。
〈装飾箱:市場300クル・真価5,000クル〉
息を、呑んだ。
市場価格の、16倍以上。とんでもない、掘り出し物だ。
俺は、次に、女の方へ、眼を向けた。
〈真価:90クル〉
感情の色は、驚くほど、平坦だった。〈焦り〉も、〈期待〉も、ない。
ただの、貧しい行商人だろう。この価値に、気づいていない。
そう、思った。
「うちでは、真価の8割で、買い取っています」
俺は、正直に、告げた。
「この箱は、真価5,000クル。買い取り額は、4,000クルです」
女の目が、わずかに、見開かれた。
「……そんなに」
「はい」
「お願い、します」
俺は、金庫から、4,000クルを、取り出した。
女は、金を受け取ると、深く頭を下げて、足早に、店を出ていった。
◆
「掘り出し物だな」
じいさんが、箱を、興味深そうに、覗き込んだ。
「これは、いい値がつくぞ。象牙細工の目利きに、持ち込め」
「ああ」
俺は、上機嫌で、頷いた。
4,000クルで買った品が、真価どおりなら、5,000クル以上で、売れる。1,000クル以上の、儲けだ。
◆
数日後、俺は、その箱を、象牙細工に詳しい目利き商のもとへ、持ち込んだ。
目利き商は、箱を、じっくりと、検分した。
やがて、顔を、しかめた。
「……悪いが、これは、まがい物だ」
「まがい物?」
「彫刻は、精巧だが、素材が、象牙じゃない。よくできた、模造品だよ。買い取っても、50クルが、いいところだ」
頭を、殴られたような、衝撃だった。
「そんな、はずは」
「見てみろ」
目利き商が、蓋の裏を、俺に、見せた。
微かに、見慣れない紋様が、彫り込まれていた。
俺は、震える手で、もう一度、眼を、箱に向けた。
〈装飾箱:市場300クル・真価5,000クル〉
変わらない。眼は、まだ、5,000クルと、告げている。
「……眼が、狂ってる」
俺は、呟いた。
初めてだった。
鑑定阻害の魔法は、これまで、〈ERROR〉としか、出さなかった。
でも、これは、違う。眼が、はっきりと、嘘の数字を、告げている。
偽物を、本物だと。
俺の眼を、欺くための、何かが、この箱には、施されていた。
◆
店に戻る足取りは、重かった。
4,000クルを、支払った。得られたものは、50クルの、まがい物。
差し引き、3,950クルの、損失だ。
じいさんに、事情を話すと、腕を組んで、唸った。
「眼が、欺かれたのか」
「ああ」
俺は、悔しさを、噛み殺しながら、頷いた。
「あの女、平坦な感情の色をしてた。……今、思えば、あれもおかしかった。まるで、何も、感じていないみたいに」
どこかで、見た、感覚だった。
アイリスの、〈ERROR〉と、似ている。
感情が、読めないんじゃない。あの女は、最初から、感情を、消されていたのかもしれない。
「……同じ、何かが、絡んでるのかもしれない」
俺は、静かに、言った。
「アイリスの一件と、この箱と」
店の外は、もう、日が、暮れかけていた。
俺の眼は、絶対じゃない。
その事実が、初めて、重く、のしかかってきた。




