2割の商売
真価堂を開いて、ひと月が経った。
帳簿の前で、俺は、頭を抱えていた。
「……おかしい」
売上は、悪くない。客足も、増えている。なのに、手元の金が、思ったより、増えていない。
開店前、俺の懐には、50,000クルと少しがあった。
店の借り賃と、改装と、棚や什器で、18,000クルが出ていった。残りは、32,000クル。
そこから、ひと月の商いで、買い取りに使った金が、21,000クル。売れたのは、そのうちの半分ほどで、売上が11,000クル。
つまり、手元には、22,000クルしか、残っていない。
棚には、まだ売れていない品が、眠っている。それを、全部、真価どおりに売り切れば、計算の上では、儲かる。
でも、金は、寝ている。
「だから、言っただろう」
帳簿を覗き込んだ、ゴダじいさんが、呆れたように、言った。
「真価と同じ値で、買い取ってたら、商売にならん。あの燭台、480クルで買って、いくらで売った」
「……490クル」
「儲け、10クルだ。飯代にもならん」
ぐうの音も、出なかった。
正しい値打ちで買う。その看板に、嘘はつきたくなかった。でも、このままでは、店が、続かない。
「なあ、じいさん。正直に買って、ちゃんと儲ける方法は、ないのか」
「あるさ」
じいさんは、あっさり、言った。
「買値と売値の間に、堂々と、差をつければいい。隠すから、あくどくなる。明かせば、それは、手間賃だ」
◆
その日から、真価堂の看板の下に、新しい札を、下げた。
『買い取りは、真価の8割。販売は、真価どおり。差の2割は、目利きと店の手間賃です』
真価480クルの燭台なら、買い取りは384クル。売る時は、480クル。差の96クルが、店の取り分だ。
包み隠さず、数字で、明かした。
「かえって、客が減るんじゃないの」
アイリスが、札を見上げて、言った。
「2割も取るって、自分から、言っちゃうんだ」
「減るなら、それでいい」
俺は、言った。
「他の店は、真価の3割や4割で、買い叩く。うちは、8割だ。それでも、よその倍以上、高い。……その上で、うちの取り分も、正直に見せる。それで離れる客なら、しょうがない」
◆
結果は、逆だった。
客は、減るどころか、増えた。
「あんたの店は、取り分まで、書いてあるんだねえ」
常連になった老婦人が、笑いながら、言った。
「他の店は、いくら抜いてるんだか、分かりゃしないもの。ここは、気持ちがいいよ」
正直は、看板になる。
ひと月前の俺が聞いたら、笑ったかもしれない。でも、帳簿の数字は、嘘をつかなかった。
新しい仕組みにしてから、半月。買い取りに14,000クルを使い、売上は19,000クル。差し引き、5,000クルが、手元に増えた。
寝ている在庫を差し引いても、店は、初めて、まともに回り始めていた。
「ようやく、商人の顔に、なってきたな」
じいさんが、店先で、目を細めた。
「9年、俺の店で、何を見てたんだって、思ってたが」
「見てたさ」
俺は、言い返した。
「じいさんが、買い叩いた客の顔も、全部な。……ああはなりたくないって、思ってた」
「言うようになった」
じいさんは、悪態をつきながらも、どこか、嬉しそうだった。
◆
閉店後、俺は、帳簿を締めながら、ふと、考えた。
真価の8割で買い、真価で売る。この仕組みが回るのは、俺の眼が、真価を、間違えないからだ。
もし、この眼が、狂ったら。
あるいは──誰かに、狂わされたら。
この店は、その日のうちに、傾く。
鑑定阻害の魔法。アイリスと、あの指輪の〈ERROR〉。
真価を、隠せる者がいるなら。
偽れる者も、いるんじゃないのか。
嫌な、想像だった。
俺は、帳簿を閉じて、灯りを消した。
考えすぎだと、その時は、思っていた。




