紋章
真価堂が、開店して、半月が経った。
客足は、少しずつ、安定してきていた。「本当の値打ちで買う店」という評判が、口コミで広がっている。
その日の閉店後、俺は、ふと、思い出して、じいさんに、聞いてみた。
「なあ、じいさん。昔、色んな品を、見てきたんだよな」
「そりゃあ、まあ、な」
「これ、見てくれないか」
俺は、アイリスに、了承を取ったうえで、あの、古びたペンダントを、じいさんの前に、置いた。
アイリスも、少し、緊張した面持ちで、隣に、立っていた。
じいさんは、老眼鏡をかけ直し、ペンダントを、じっくりと、眺めた。
指先で、裏側の刻印を、なぞる。
やがて、じいさんの目つきが、変わった。
「……この意匠は」
「知ってるのか」
「昔、一度だけ、似たようなものを、見たことがある」
じいさんは、低い声で、続けた。
「この、絡み合った蔦の模様。北方の、シャルダン伯爵家の、紋章に、似てる」
シャルダン伯爵家。
俺には、聞き覚えのない、名前だった。
「有名な家、なのか」
「有名、というより……」
じいさんが、言葉を、選ぶように、間を置いた。
「13年ほど前に、取り潰された家だ。当時の当主が、謀反の疑いをかけられてな。一族もろとも、処罰された、と聞いている」
店の中が、しんと、静まり返った。
アイリスの顔から、血の気が、引いていくのが、分かった。
「……わたしが、その家の、関係者ってこと?」
「断定は、できん」
じいさんが、慌てて、付け加えた。
「似たような意匠なんて、他にも、あるかもしれん。俺の記憶も、確かじゃない」
それでも、アイリスの手は、小さく、震えていた。
俺は、彼女の肩に、そっと、手を置いた。
「まだ、分からないことだらけだ」
俺は、努めて、静かに、言った。
「焦らなくていい」
「……うん」
アイリスは、小さく、頷いた。
でも、その目は、明らかに、揺れていた。
◆
じいさんが、帰った後、店には、俺とアイリスだけが、残った。
「謀反の疑い、なんて」
アイリスが、ぽつりと、こぼした。
「もし、本当に、わたしが、その家の生き残りなら……知られたら、まずいんじゃないの」
「まだ、決まったわけじゃない」
俺は、繰り返した。
「それに、もし、本当だったとしても」
「……としても?」
「あんたが、何かをしたわけじゃない。13年前のことなら、あんたは、まだ、ほんの、子どもだったはずだ」
アイリスは、少し、驚いた顔で、俺を、見た。
「……変わらないの、ノアは」
「何がだ」
「わたしが、何者でも。……関係ないみたいに、話す」
「関係、あるさ」
俺は、はっきりと、言った。
「あんたが、何者か、知りたい。でも、それは、あんたを、放り出す理由を、探してるんじゃない」
アイリスの目が、わずかに、潤んだ。
彼女は、それを、隠すように、そっと、顔を、逸らした。
「……ありがとう」
小さな、声だった。
窓の外は、もう、すっかり、日が落ちていた。
俺は、店の灯りを、消しながら、思った。
シャルダン伯爵家。13年前の、謀反。
もし、その糸を、たどっていけば。
この街の、もっと大きな、何かに、繋がっている気がした。
バルト商会の、オルグが見せた、あの反応も。
きっと、無関係じゃない。
俺の眼は、まだ、何も、見えていない。
それでも、俺は、この手がかりを、手放すつもりは、なかった。




