初めてのお店
「店を、持ちたい」
俺がそう言うと、ゴダじいさんは、片眉を上げた。
「急に、どうした」
「いつまでも、行商みたいに、買っては売ってを、繰り返してるだけじゃ、限界がある」
俺は、正直に、言った。
競売場で買い付けて、画廊や組合に持ち込む。そのやり方は、確かに、儲かる。だが、毎回、買い手を探して、頭を下げて、値切られる。効率が、悪い。
自分の店があれば、違う。
棚に並べておけば、客の方から、来てくれる。しかも、値付けは、俺が決められる。
「懐は、もう50,000クルを超えてる」
俺は、続けた。
「小さくてもいい。店を借りたい」
じいさんは、しばらく、俺を見ていた。
「……お前、本当に、じっとしてないな」
呆れたような、感心したような、声だった。
「まあ、いいだろう。ちょうど、いい物件がある」
「物件?」
「うちの店の、隣の空き店舗だ。2年前から、借り手がつかなくて、腐りかけてる」
じいさんが、顎で、壁の向こうを、示した。
「大家に、話をつけてやる。お前の懐なら、借りられる」
◆
3日後、俺は、隣の空き店舗を、正式に、借りることになった。
埃だらけの店内を、アイリスと二人で、掃除した。
「本当に、ここでやるの」
アイリスが、雑巾を絞りながら、聞いてきた。
「あんな、ゴダのじいさんの店の、隣で」
「文句あるか」
「ううん」
アイリスが、小さく、笑った。
「近くにいる方が、安心する」
その一言に、少し、面食らった。
アイリスは、何事もなかったように、また、掃除に戻った。
◆
開店の準備は、思ったより、大変だった。
棚を作り、看板を掲げ、仕入れの目処を立てる。
店の名前は、少し悩んで、こう決めた。
──『真価堂』。
安っぽい響きかとも思ったが、この眼の力を、そのまま、店の名前にした。嘘のない値付け。それが、この店の、売りだ。
開店の日、俺は、看板を、店先に掲げた。
『真価堂 ── その品、本当の値打ちで、お買い取り・お売りします』
「大層な、看板だな」
ゴダじいさんが、店先に立って、腕を組んだ。
「言ったことは、守るんだぞ」
「守るさ」
俺は、迷わず、答えた。
この眼が、嘘をつかない限り。
◆
最初の客は、意外なほど、早く現れた。
老婦人が、風呂敷に包んだ、古い燭台を持ち込んできた。
「これ、いくらで、買ってもらえるかしら」
俺は、眼を向けた。
〈燭台:市場120クル・真価480クル〉
「市場価格なら120クルですが、うちでは、480クルで、買い取ります」
老婦人が、目を丸くした。
「そんなに? 他の店じゃ、二束三文にしかならないって、言われたのに」
「うちは、本当の値打ちで、買います」
老婦人は、何度も礼を言って、燭台を、俺に託した。
彼女が帰った後、じいさんが、隣で、ぼそりと言った。
「その調子で、安売りしてると、すぐに、資金が尽きるぞ」
「480クルで買っても、真価が正しいなら、売る時、ちゃんと、それ以上の値がつく」
俺は、言い返した。
「安く買い叩いて、暴利を貪るより、正しい値をつけて、信用を積む方が、長く続く」
じいさんは、少し、驚いた顔をした。
それから、にやりと、笑った。
「一丁前なこと、言うようになったな」
「じいさんの店で、育ったんだ。当然だろう」
俺は、少し、照れくさくなって、そっぽを向いた。
◆
その日の夕方、店を閉めた後。
アイリスが、掃き掃除をしながら、ぽつりと、言った。
「ノアの店、いい名前だと思う」
「そうか」
「うん」
アイリスは、窓の外を、見た。
夕日が、街並みを、赤く染めていた。
「わたしにも、いつか。……そういう、本当の値打ちが、分かる日が来るのかな」
俺は、彼女を、見た。
いつもの、〈ERROR〉。
でも、今は、以前ほど、それが、重く感じなかった。
「来るさ」
俺は、迷わず、言った。
「俺が、この店を大きくして。いつか、あんたの真価も、見えるようにしてやる」
根拠のない、約束だった。
でも、口にした瞬間、それは、確かな、目標に変わった気がした。
真価堂の看板が、夕日を受けて、静かに、輝いていた。




