元カレ
付き合って2ヶ月記念日を過ぎた頃、2人で映画を観に行った。
「おお! 久々じゃん! ゆず元気??」
「えー! 山ちゃん!! なんでいるの!?」
山ちゃん「なんでって映画観に来たんだよ! それにしても久々だな! あ、これ俺の彼女」
「初めまして〜(ニコッ)」
山ちゃんは、私の元カレ。
3年前に別れて以来、一度も会っていなかった。
喧嘩別れではなく、
私が昼も夜も掛け持ちで働いていて、会う時間が少なくなったことが原因だった。
「ゆずが俺のこと好きなのかわからない」
そう言われて、山ちゃんから別れを切り出された。
でも、それからもSNSでは繋がっていたから、
今彼女がいることも知っていた。
山ちゃんは本当にいい人だった。
掛け持ちして働く私を応援してくれていたし、
私はちゃんと好きだった。
でも、その気持ちは彼に届かなかった。
そりゃそうだ。
私は、お客さんに呼ばれたらデート中でもバイトに駆けつけていた。
お金が欲しかったのもあるけど、
barでの立場を失いたくなかった。
自分のお客さんが来てくれることに優越感を感じていたし、
その時間だけは、心の寂しさが埋まる気がしていた。
だから山ちゃんには申し訳なさがあった。
今、横に彼氏がいることにも。
「あ、私も彼氏と来てて!」
……あれ?
もっちゃんがいない。トイレかな?
山ちゃんたちと別れて、もっちゃんを探すと、
ポップコーンを買っていた。
『誰あれ。』
「あ、ごめんね! ポップコーンありがとう!」
『だから、誰あれ。』
ドンッ。
もっちゃんがポップコーンを台の上に強く置いた。
私はその音に、クラッとした。
「えっと、元彼なんだ! だいぶ前のね」
『は? barで働いてから彼氏いないって言ってたよな?
いつの?
何歳?
どうやって知り合ったの?
客?』
心臓がバクバクして、
胸が苦しくなる。
barで働く時、
店長から「プライベートの異性関係はないって答えるのが鉄則」と言われていた。
だから私は、
“しばらく彼氏はいない”
と答えていた。
「さ、3年? 4年? 前だったかな……」
『3年前ならbarで働いてるよね?
嘘ついてた?
騙そうとしてた?』
「いや、もっと前かもしれないけど……
別れてから一回も会ってないし、浮気とかじゃないじゃん」
そんな言い合いをしているうちに映画の時間になり、
もっちゃんは映画が終わるまでずっと不機嫌だった。
私は映画中、
飲み物を一口も飲めなかった。
胸の苦しさを落ち着かせながら、
ずっと考えていた。
私は昔から平和主義で、
誰かが怒るとすごく怖くなる。
怒らせないように話題を変えたり、
必要以上に気を遣ってしまう。
でも今回は、私が悪かったのかもしれない。
せっかくのデートで元カレに遭遇したら、
いい気はしないよね。
しかも私は笑顔で話してたし。
彼女がいるから大丈夫だと思っていたけど、
人の気持ちを考えられてなかった。
とりあえず、
映画が終わったら謝ろう。
「あのさ……さっきの、ごめんね」
『何が?』
「いい気しないよね。ごめん」
『俺が嫌がることはしないでほしいんだけど。
俺はしてないじゃん?』
「そうだよね、ごめん。わかった」
「ほんと、ごめんね」
なんとかその場を落ち着かせたくて、
私は謝り続けた。
――はぁ、疲れた。
家に帰ってから2時間、
何もせずぼーっとしていた。
テレビはついているのに、
内容は全く頭に入ってこない。
プルルルルル――
「もしもし」
『ゆず、寝てるの?』
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
『ぼーっと? なんで。何がそんなに気に食わないの』
「え……?」
『なに? 腑に落ちてないんでしょ?』
「違うよ! 今日たくさん歩いたし、足疲れてただけ!」
『メッセージくらい返せよ』
〜いらっしゃいませ〜
「ごめんごめん! 今どこにいるの?」
『近くのコンビニ。タバコ買いに来た。おやすみ』
……ふぅ。
付き合うって、
1日にこんなに色々考えるものだったっけ。
3年以上ぶりの恋愛だし、
感覚を忘れてるのかもしれない。
山ちゃんとは結局あまり長く続かなかったし。
……よし。
明日も仕事頑張ろ。
そして次の日。
もっちゃんと佐野さんが、
久しぶりにbarへ遊びに来てくれた。
佐野「久しぶり! 元気にしてた?
付き合ったんだって? おめでとう!」
「ありがとうございます〜!」
すると突然、もっちゃんが言った。
『あのさ、今日で店辞めて。』
「え!? なんで??」
『付き合ってるのに店で働くって、
周りのお客さん騙してることになるじゃん。
それに、俺が嫌なのに。』
「あー……。そうだよね。でもお金が……」
佐野「お金はもっちゃんがなんとかしてくれるよ!
昇給したしね〜★」
『おう。2人分くらい余裕だし、困ったら言ってよ』
……困ったらって、
そんな簡単に言えるわけない。
奨学金だってあるし、
昼の給料は手取り20万。
そこから奨学金で5万、
家賃で7万、
保険や生活費で6万。
全然余裕なんてない。
どうしよう。
でも、とりあえず
今までbarで働いて貯めたお金が少しある。
それが尽きるまではなんとかなるかな。
節約しよう。
佐野「それじゃ、2人でごゆっくり〜!」
そう言って佐野さんは帰っていった。
佐野さんは、もっちゃんの専門学校時代の友達。
私は久しぶりに会ったけど、
2人はよく会っているらしく、
「今日は佐野と飯〜」
みたいなメッセージがよく送られてきていた。
男同士で週2、3回も何話すんだろうって思うけど、
2人とも独身だし、
“ご飯食べるために会ってるようなもん”
らしい。
私は友達と会っても月に3回くらい。
しかもおしゃれなカフェとか、
アフタヌーンティーばかりだから昼間。
でもそれは、
私が夜も働いていたから自然とそうなったんだと思う。
友達はみんな、
私に久しぶりの彼氏ができたことを喜んでくれた。
「いい人と出会えてよかったね!」
「幸せになってね!」
って。
友達って本当に最高だ。
思い返せば、
楽しかった思い出にはいつも友達がいた。
「芸人になろうよ!」ってネタを書いたり、
「タイムカプセル埋めよう!」って何回も埋めたり。
今じゃどこに埋めたか全然わからないけど。
女子って、
“もしも”の話を永遠にできるし、
自虐話さえ笑いに変えられる。
女に生まれてよかったって、
私はいつも思う。
友達がいてくれたから、
彼氏がいなくても幸せだった。
でも今は、
私には彼氏がいる。
それもまた幸せだと思う。
喧嘩もしたけど、
やっぱり好きだし。
付き合ったばかりだけど、
色んなところへ行ったり、
サプライズしてくれたり。
「the カップル」って感じだなって思う。
もう25歳。
周りも結婚し始めている。
だからこそ、
中途半端な付き合いはしたくなかった。
付き合う前にたくさん考えたし、
これからもちゃんと向き合っていきたいと思ってる。
それに来月は旅行も決まってる!
いつも、もっちゃんと会う時は
「帰りが心配だから」って、
ほとんど私の家だった。
だから、
たまには違う場所に泊まりたかったんだよね。
しかも、
私が「行きたいな〜」って
付き合う前にチラッと言っていた旅館を、
覚えて予約してくれていた。
しかも部屋風呂付き!
楽しみすぎる!!
――そして旅行当日。
「わぁぁーー!!」
目の前には客室露天風呂。
幸せすぎる。
もっちゃんありがとう★★
久しぶりに私もお酒を飲んで、
夜更かしした。
「もっちゃんって、同棲したい派?」
『うーん。弟が金ないし、今すぐは無理だけど……
したい! ゆずとなら!』
もっちゃんは弟と2人で暮らしていた。
弟さんは7歳下で、
私の3つ上。
前の職場でのいじめが原因で鬱になり、
3年間働けていないらしい。
もっちゃんは本当に弟思いだった。
私は一人っ子だから、
兄弟がいる感覚はわからない。
でも、
ご飯屋さんでテイクアウトして帰ったり、
電話する時は「弟が寝れないから」って外に出たり、
車の中で話したり。
そういう優しさが、
もっちゃんの魅力だった。
出会った時から、
私にも周りにも、
思いやりが自然に見える人だった。
今も弟さんから電話が来たみたいで、
「タバコ吸ってくる!」
と言って外へ出て行った。
弟さん、しんどいんだろうな。
仕事でミスをしたことをきっかけに、
周りから責められて、
車や持ち物を傷つけられたり、
隠されたり。
そんな幼稚ないじめを受けていたらしい。
本当に許せない。
「弟が幸せになったら、俺も幸せ」
それが、
もっちゃんの口癖だった。
本当に、
いいお兄ちゃんだった。




