優しさ
「ありがとうございます」
橋本『本当に付き合ってるの?』
「そんなわけないです。ごめんなさい、お店戻りますね。」
橋本『なーんだ!
あーあ、なんかお腹すいた!付き合ってよ!ゆずはの奢りな!』
橋本さんは、スッとポケットからハンカチを取り出して私に渡し、手招きして歩いて行った。
私たちは居酒屋に入り、たわいもない話をした。
舟木さんのことは一切聞かれず。
私はどこか温かみを感じていた。
家族みたいな安心感だった。
さっきまでの動悸も、
震えていた手も、
いつの間にか落ち着いていた。
自分なら、
好きな相手が揉めていたら、
なんで舟木さんがあんなに怒っていたのか、
本当は付き合ってるんじゃないか、
体の関係があるのか、
そんなことを気にすると思う。
でも橋本さんは、
目の前のラーメンを嬉しそうに食べている。
橋本『近くの動物園でキリンの赤ちゃんが産まれたから見に行きたいんだ。来週どう?』
「え?」
橋本『その日はさ、嫌なこと全部忘れてデートしようよ!
俺といる時くらい、他のこと考えなくていいからさ。』
その言葉になぜかホッとした。
「普通だね(笑)」
橋本『なんだよそれ!笑 悪いかよ!』
普通だった。
行きたいデートスポットも、
お酒を飲んだ後にラーメンが食べたくなるのも、
全部普通で居心地が良かった。
そして2人で約束した日に動物園へ行った。
キリンの赤ちゃんは見られなかったけど、
「なんでキリンって首長いんだろうね」
とか、
「ゾウって頭でかいから賢いのかな?」
とか。
次の日には忘れそうな会話をして笑った。
夜は親子丼を食べて解散した。
ピコン。
橋本【今日はありがとう!楽しかったです。
ゆずはは本当にいい子だよ。】
【ありがとう。楽しかった!】
私は、“いい子”だと言われて育ってきた。
昔からおばあちゃんに、
「あなたは思いやりのある、いい子だね」
と言われて育った。
学校では先生達に、
「友達思いで優しい、いい子だね」
と言われてきた。
仕事では、
「ちゃんと営業してお客さん呼んで偉いね、いい子だね」
と。
無意識のうちに、
“いい子でいないといけない”
という気持ちが強かった。
悪いことをしたらバチが当たる。
人への対応は、
いつか自分に返ってくる。
親からは、
「勉強はできなくてもいい。でも道徳だけはちゃんとしてほしい」
と教わってきた。
だからこの25年間、
大きな迷惑をかけずに生きてきたつもりだった。
そもそも、
トラブルになるようなことを避けて生きてきた。
だから、
先週の舟木さんの件は、
自分の中ですごく怖くてショックだった。
次の週も、その次の週も、
変わらず橋本さんは会いに来てくれた。
いつの間にか、
出会って1年半が経っていた。
相変わらず、
「好きだ!」
とか、
「付き合おう!」
とか言われたりもしたけど、
結局笑い話みたいになって、
なかなか進展はなかった。
でも、それが楽しかった。
いつしか、
barに呼ぶことは少なくなり、
ご飯に行って解散することが増えていった。
barに呼ばなくなったのは、
好きになっていたから。
週に2、3回来てくれていたけど、
barではお金を使ってほしくなかった。
私に会うために、
無理してお金を使ってほしくなかった。
橋本『この豚汁うまい〜!
ゆずはちゃん、豚汁とか作れなさそう(笑)』
「作れるよ!!
生姜もたっぷりで美味しいって、家族によく言われてたんだから!」
橋本『え!食べたい!
ゆずはちゃんの豚汁、食べさせてください!!』
「笑笑笑笑
なにそれ、昭和の告白みたい(笑)」
橋本『え、あ、恥ず!
やめろよ!(笑)』
橋本『でもさ、
僕は1年半ずっと好きだよ。
ゆずはのこと考えない日、
本当に無かった。』
橋本『出会った時から、
本当にいい子で、可愛くて。
いつも冗談みたいに言ってたけど、
断られるのが正直怖かった。
でもさ、
本当に大好きだから、
そばにいてよ。』
「うん」
橋本『え、え、え、本当!?
嘘とかなしだからな!?』
「よろしくね〜(ニコッ)」
橋本『よっしゃぁああああ!!!!』
私たちは付き合うことになった★
10歳離れていることもあったし、
橋本さんは仕事が忙しくて出張も多いし、
私に支えられるのかなって不安もあった。
でも、
やっぱりこんなに優しくて、
私のことを思ってくれている人はいない。
そして何より、
こんなに一途な人はいない。
だから、
喜んでお付き合いした。
その日から、
お互いのことを
“もっちゃん”
“ゆず”
と呼び合うようになった。
2ヶ月間、
喧嘩は一度もなかった。
この時の私は、
この幸せがずっと続くと思っていた。




