閑話. 商人は聖女様を応援する
朝の冷え込みに、俺――露天商のベルンは大きくくしゃみをした。
「べっくしょい!!」
灯火祭の翌朝。
広場は祭りの熱気が嘘のように静まり返り、俺たちはテントの撤収作業に追われていた。
「おいベルン! 手が止まってるぞ!」
「ああ、悪い悪い。……いやあ、昨日のことを思い出しててな」
俺はニヤけそうになる口元を手の甲で拭った。
昨夜の祭りは、このアウロリアの街にとって、忘れられない夜になったはずだ。
噂の聖女――エリス様。
最初俺にとっちゃあ、雨を予言する変な嬢ちゃんだったが、今やこの街で彼女を知らない奴はいねえ。
平民向けの石鹸を惜しげもなく広め、俺たちの個人的な悩みまで聞いてくれる。
そんなありがたい聖女様が、領主街で有名なあの氷の騎士様とデートだっていうんだ。応援しないわけにはいかねえだろう。
「髪飾り、似合ってたよなー!」
「ありゃあ贈ったかいがあったなぁ!」
俺たち商人仲間で金を出し合って贈った、白い花の髪飾り。
ロキの坊主に託したんだが、ちゃんと着けてきてくれたのを見た時は、おっさん連中でこっそりガッツポーズをしたもんだ。
「それにしても、あの騎士様が地面に膝をついた時は、心臓が止まるかと思ったぜ……」
遠目から見ていたが、あれはどう見ても求婚のそれだった。
あの冷徹で有名な氷の騎士団長様をあそこまで骨抜きにするなんて、やっぱり聖女様の奇跡ってやつはすげえ。
「あの……ベルンさん」
不意に、背後から鈴が鳴るような声がかかった。
振り返ると、そこには噂の主――エリス様が立っていた。
祭りの時のドレスではない、いつもの質素な服だが、その佇まいは変わらず美しく、冷たく透き通った朝の空気がよく似合う。
「うおっ!? せ、聖女様!?」
「おはようございます。撤収作業中にお邪魔して申し訳ありません」
エリス様は、俺に向かって深々と頭を下げた。
俺は慌てて、汚れた手をズボンで拭う。
「とんでもねえ! どうされました?」
「昨日は、ありがとうございました。……いただいた髪飾り、とても嬉しかったです」
その言葉に、作業をしていた他の商人たちも手を止めて集まってくる。
わざわざ、俺たちなんぞに礼を言いに来たのか。
髪飾り一つのことだぞ?
「気にしなくていいんでさぁ。俺たちは、聖女様に恩があるんだから」
俺が言うと、周りの連中もウンウンと頷く。
俺が雨で商品を濡らさずに済んだのも、隣の露天商が並び方を変えただけで売り上げを伸ばしたのも、女房のあかぎれが治ったのも、じいさんの腰痛が治ったのも。
全部全部、エリス様のおかげだ。
「それに、皆様からいただいた蝋燭も――」
エリス様は真っ直ぐに俺を見て、また丁寧に礼をした。
俺は一瞬きょとんとしてみせて、後ろの商人連中に目くばせをし、それからわざとらしく首を傾げた。
「……蝋燭、ですか? はて、なんのことでしょうな」
俺がとぼけると、周りで作業していた仲間たちも集まってきて、口々に言い始める。
「仮面をつけた怪しい連中がうろついてたとは、聞きましたがねえ」
「俺たちは商売で忙しくて、そんな気の利いたもん渡せませんよ」
「商人がタダで物をあげるなんてこたあ、そうそうねぇ」
みんな、口笛を吹いて空を見上げたり、あさっての方向を見たりしている。
あれはあくまで、謎の仮面集団からのプレゼントだ。
俺たちからの恩着せがましい贈り物じゃあない……そういうことにしておいてくれよ、と視線で訴える。
エリス様は、そんな俺たちの下手な芝居を見て、綺麗なまあるい目をぱちくりとさせた。
けれどすぐに、その意図を察したように、ふんわりと柔らかく微笑んだ。
「ふふ。そうですか」
彼女はもう一度、俺たちを見渡した。
その瞳は、全てお見通しだと言わんばかりに澄んでいる。
「では、もしその怪しい方々に会えましたら、お礼をお伝えください。おかげで、一生の思い出に残る時間を過ごせました、と」
「……へいへい。会えたら伝えておきますよ」
俺は頭を掻きながら、照れ隠しに笑った。
まったく、この聖女様には敵わねえや。
「それで……その、どうでしたかい? あの騎士様とは」
隣の露天商が野暮を承知で話題を変えると、エリス様はきょとんとした後、みるみるうちに顔を真っ赤に染めた。
そして、はにかむように、小さく頷いた。
「……はい。その、……想いは、通じました」
「「「おおーっ!!」」」
広場に歓声が上がる。
両手で頬を覆って恥ずかしがる聖女様を、俺たちは口笛と拍手で冷やかした。
「こりゃあめでたい!」
「あの騎士様と聖女様ならお似合いだ!」
「次の祭りは結婚式か!?」
「か、からかわないでください……!」
エリス様はあわあわと手を振っているが、その表情は幸せそうだ。
「皆様、本当にありがとうございました」
最後にまた深く一礼をして、エリス様は教会の方へと駆けていった。
その背中を見送りながら、俺は胸が熱くなるのを感じた。
俺たちと同じ目線で笑い、幸せを分けてくれる。
あの人がこの街にいてくれるなら、きっと今年の冬も、これからの未来も、明るいもんになるだろう。
「……さて! 俺たちも負けてらんねえな!」
俺は気合を入れ直し、テントの支柱を担ぎ上げた。
空は高く晴れ渡り、アウロリアの街は今日も商人の活気に満ちている。




