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114. 威圧を貫くプレゼン

 

 重厚な扉が開かれた瞬間、肌を刺すような威圧感が溢れ出した。


 上座に座るヴァレリウス家の当主、ハーガン・ヴァレリウス公爵。

 港町での視察から戻ったばかりで、一ヶ月に及ぶ長旅の直後だというのに、その眼光は少しの疲労も見せず、鋭利な刃物のようにこちらを射抜いている。


 ベアトリス公爵夫人はすでに席についていて、いつも通り優雅に、紅茶の入ったカップを傾けている。

 張り詰めた沈黙の中、私は一歩前に出て頭を下げた。


「お帰りなさいませ、ハーガン様。長旅、お疲れ様でした」


「早いな。まあいい、座っていろ」


 私の挨拶に、ハーガンは視線を動かすことすらなく、低く重い声で応じた。

 ヴィンスは、報告の際すでに挨拶を済ませた様子だ。

 以前の晩餐会と同じく、促されるまま私は彼の隣へと腰を下ろす。


「――アレクシオス様、ご到着です」


 ちょうど席に着いたタイミングで執事が告げ、アレクシオスが一人、室内に滑り込んできた。

 缶詰の件から遠ざけていた、妊婦である妻のリリアンは置いてきたのだろう。

 大きく開かれた扉から吹き込んだ冬の夜気が、キャンドルの炎を一瞬だけ鋭く揺らす。


「遅れて申し訳ありません」


 アレクシオスが席に着くのとほぼ同時に、グラードへの伝達を終えたアメリアがカートを押し、静かに私の背後に控えた。

 ハーガン公爵は、一切の猶予を置かずにアレクシオスへ視線を投げた。


「アレクシオス。お前が抱えている不良在庫の処分について、先ほどは聞けなかったが、どうなった。無駄な報告を重ねるのであれば、この場で貴様の継承権を破棄させる」


 アレクシオスの身体が、びくりと小さく跳ねる。

 しかし、彼は一度目を伏せて深呼吸をした後、顔を上げてまっすぐにハーガンを見据えた。


「いいえ、父上。……処分の必要はなくなりました」


「なに?」


「我が領の軍事と経済を劇的に変える成果に、昇華させましたので」


「成果、だと?」


 怪訝そうに眉を寄せるハーガン公爵に対し、アレクシオスは使用人へ目配せをした。


「具体的な内容は、食事をしながら説明させてください。……晩餐会ですから」


 アレクシオスの合図を受けて、使用人たちが手際よく各々の前にスープ皿を運び、銀の蓋を外した。

 立ち上る湯気と共に、芳醇な香りが広がる。

 そこにあったのは、鮮やかな赤いトマトスープだった。


「……では、いただこう」


 不快感混じりの溜息と共にハーガンが言うと、一同はスプーンを手に取り、スープを口にし始めた。

 私もこぼさないよう細心の注意を払いながら、一口、その味を確かめた。


【食事分析:トマトスープ】

【内容:裏ごししたトマト、細切れの豚肉、ハーブ数種】

【照合:トマト缶の中身と成分が完全に一致】


(やはりこれは、缶詰の中身をスープに整えたものです)


 ヴィンスとベアトリス公爵夫人もその味に気づいたのだろう、顔を上げてアレクシオスの切り出しを静かに待っている。

 やがて、アレクシオスが椅子から立ち上がった。


「父上が懸念されていた鉄材と熟れたトマトですが、既に成果に変えて運用を始めています」


「運用だと?」


「今、お食べになったそれです」


 アレクシオスが目の前のスープ皿を指し示す。

 ハーガンは食べ進めていた手を止め、怪訝そうに視線を落とした。


「あのトマトを全てスープに変えたとでも? ふん、馬鹿馬鹿しい成果だ。……では、鉄材はどうした」


「こちらです」


 アレクシオスが頷くと、銀のトレイに乗せられたものをハーガン公爵の目の前へと運ぶ。

 トレイに乗っているのは、鈍い銀色の光沢を放つ円柱形の鉄。


「なんだ、この鉄の塊は」


「我が領の新たな武器です。エリス殿が考案したものを、母上の管理する工場を使用し、私が量産体制を整えました。一ヶ月の保存後も、味と栄養を損なわない、魔法の器です」


 アレクシオスの声には、これまでにない確信が籠もっていた。

 公爵は不審げに、缶を手に取った。


「一ヶ月だと? この鉄に何を押し込めたところで、腐るに決まっている」


「今、美味しく召し上がっていたではありませんか」


「なんだと?」


 アレクシオスは、ハーガン公爵の手元にある食べかけのスープを指し示した。

 公爵は手元の缶とスープを見比べ、数秒の沈黙の後、驚愕に目を見開いた。


「……まさか」


「はい。そのスープは、一ヶ月前に作ったものです」


 アレクシオスは実に晴れやかな顔で言い切った。

 反射的に口元を押さえたハーガン公爵に、今度はベアトリス公爵夫人がが追い打ちをかけるように顔を向ける。


「毒見は既に使用人たちで済ませておりますわ。……美味しかったでしょう?」


「ベアトリス……お前までこんなものに手を貸して、なにを考えている」


 ハーガン公爵が、テーブルを強く叩く。

 彼の威圧的で射抜くような視線が、今度は私へと向けられた。


「エリス殿。貴女もなんの目的で……」


「私は、最適解を提案しただけです」


 私がアレクシオスを見ると、彼は力強く頷いた。

 ここからは、私の説明の番だ。

 少しだけ振り向いてアメリアに合図をすると、彼女は資料を載せたカートをハーガン公爵の元へと運んでくれる。


「なんだこれは」


「缶詰の設計図です」


 紙を広げて目を通し始めたハーガンの背後から、アメリアがグラードを連れてくるのを確認し、私は静かに立ち上がった。


【プロトコル:プレゼンテーション・モード開始】

【対象:ハーガン・ヴァレリウス公爵】

【目的:缶詰量産の完全認可、およびアレクシオス様の再評価の確立】

【ミッション:缶詰の構造および軍事的優位性の技術解説を開始】


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