112. 潜伏者検知:確度98%
騎士団での運搬テストは、期待以上の成果を収めて幕を閉じた。
雪道を想定した悪路で馬車が激しく揺られても、中の缶詰は一つとして破損することも、内容物が漏れ出すこともなかった。
戦地での運用が完全に可能であると証明され、新たな保存食に騎士たちも沸き立って、缶詰を歓迎してくれていた。
日が傾き、橙色の光が斜めに差し込む自室。
私は、テストで得られた重量データや個数、そして騎士団の兵員数に基づいた消費日数等のシミュレーションを、数日かけて精密な資料としてまとめ上げていた。
最後の一枚を封筒に入れ、封蝋を押し終えたところで、部屋の扉がノックされた。
「エリスお嬢様、ハーガン公爵様がお帰りになりました」
扉を開けたアメリアの顔には、これまでにない緊張の色が浮かんでいた。
私は弾かれたように立ち上がり、アメリアと共に玄関へと急いだ。
「ヴィンセント坊ちゃんも、すぐに領主報告のためにこちらへ戻られるはずです。今夜はそのまま、閣下の帰還を祝う晩餐会になるでしょう。今お召しのドレスのまま、問題ございません」
「分かりました。……いよいよですね」
「馬車を呼んでおりますので、少々お待ちくださいね」
私は資料を抱え、アメリアと共に玄関の外へ一歩出る。
大きく開かれた扉からは刺すような冬の冷気が肺の奥まで入り込み、吐き出す息は瞬く間に白く濁って夜の闇へと溶けていった。
本邸へ向かう馬車を待つ間、私は手に持っていた封筒に目を落とした。
「……アレクシオス様への手紙を持ってきてしまいました。直接お渡しすべきでしょうか」
「いいえ、今はどなたも慌ただしく動いておりますから、うまくお会いできるか分かりませんわ。執務室に届けさせましょう」
「晩餐会までに、アレクシオス様に目を通してもらえると良いのですが……」
私は懸念を覚えながらも、データの書き記された資料が入った手紙をアメリアに託した。
その時だった。
ガサリ、と、少し遠くの本邸へ続く庭園の植え込みが、不自然に揺れた。
【ログ:環境ノイズの検知】
【分析:庭園セクター方向から低木の摩擦音を確認】
【分析:風速に対し、揺れの振幅が過大、かつ不規則な波形を検出】
【推論:風による自然現象ではなく、人為的な物理接触の可能性 98%】
私は即座に、音がした方向へと振り返り、視線を向けた。
アメリアも私の様子に驚き、共に植え込みを見やる。
「だ、誰かが、いるのですか……?」
「分かりませんが、最近ずっと周囲になにかの気配がありました」
【参照:過去ログに複数回、同様の物音】
【判定:同一の動作パターンを確認。野生生物である可能性は 2.0%以下に低下】
もはや、これを動物の仕業として片付けるには、あまりに多くの不整合を記録しすぎていた。
「まさか、ハーガン閣下の密偵でしょうか」
アメリアが声を潜めて呟く。
もしそうなら、極秘で進めて来たプロジェクトである缶詰の存在は、既に公爵の耳に入っている可能性がある。
しんと静まり返り、動きを止めた植え込み。
正体を突き止めるべく一歩を踏み出そうとしたその時、建物の裏手から一台の馬車が滑り込んできた。
私たちの間を遮るように馬車が止まり、使用人たちが慌ただしく準備を始めた時には、もう、植え込みに人の気配は残っていなかった。




