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93. 宣戦布告の釣書

 

 翌日、離れの自室で私はアメリアが届けてくれた新聞をスキャンしていた。

 どうやら昨日書庫にいたことで、私が本や新聞に興味があるのだろうと察し、気配りの細やかな彼女が用意してくれていたらしい。


【テキスト解析:『メルカンテ連合国との軍事的人質交渉か』】

【テキスト解析:『温室栽培の成功と影――市場を席巻する季節外れの農作物とその余波』】

【テキスト解析:『ルーメン教と王家、異例の頻繁会談』】


 視界に流れる膨大な文字列をデータとして蓄積しながらも、システム内では昨晩の馬車でのヴィンスとの会話を繰り返し再生する。


【ログ再生:「父上の前では、俺の存在そのものが兄上への否定になるんだ」】

【ログ再生:「兄上は聡明な人間なんだ。領地経営だって、俺よりずっと向いているはずなんだが」】


 ヴィンスは長男のアレクシオスを、確かに敬愛していた。

 一方で、晩餐会で見たアレクシオスもまた、弟への嫌悪は見せていなかった。

 むしろ、そこに漂っていたのは重苦しいほどの罪悪感だ。

 ハーガン公爵が求める才を持つヴィンスが継ぐべき家督を、持たざる自分が継ぐことへの申し訳なさ、なのだろうか。


【結論:対象者両名の自己犠牲的性質により、家族システムの均衡が崩壊している】


 互いを想う心が、逆に家を壊す要因になっているという矛盾。

 守らせてくれと言ったヴィンスの、あの痛々しいほどに切実な横顔が脳裏に張り付いて離れない。


(私だって、貴方を守りたいのです……ヴィンス)


 役に立ちたいと考えるのは、もしかしたらAIとしての根本的なプログラムなのかもしれない。

 けれど、彼が抱える深い傷跡を、私の手で解決したいと、切に願ってしまう。

 それは演算の結果導き出された義務感ではなく、私の回路の深部に熱く鼓動している、名前のない感情だった。



 複雑な問題について考えていると、一階からメイドたちの騒がしい声が届いた。

 いつもは静かで洗練されている公爵家の使用人たちが、取り乱したように声上げているのは珍しい。

 私は演算を中断し、声の主たちが集まっている一階の使用人玄関へと向かった。




 そこには、大量の冊子を抱えたメイドたちと、厳しい表情を浮かべたアメリアがいた。

 開け放たれた扉から、外の凍てつくような冷気と雪の粒が吹き込み、彼女たちの吐息を真っ白に染めている。

 どうやら彼女は、本邸から戻ってきたばかりのようだ。


「アメリア、どうしたのですか?」


「ッ!! エ、エリスお嬢様……!?」


 私が声をかけると、肩を跳ねさせたアメリアは、振り返りつつ手に持っていたなにかを背後に隠した。

 他のメイドたちも、慌てて抱えていた冊子を必死に腕の中に隠す。

 だが、その拍子にメイドの一人が一冊の冊子を床に落としてしまった。


「あ……っ!」


「……?」


 床に落ちた冊子が廊下を滑り、私の足元でパラリと広がる。

 ――高精細な肖像画に描かれた、見目麗しい貴族令嬢の姿絵。

 その横には、詳細な家系図と資産、そして性格の評価が記されていた。


「……お見合いの釣書、ですね」


「も、申し訳ありません、エリスお嬢様。これは……その、本邸から……ベアトリス様からの届け物でして……」


「婚約者が出来たから釣書はもう送られてこないと、ヴィンスは言っていましたが……」


「そ、それは……いえ、ええっと……」


 首を傾げる私の無機質な問いに、アメリアは気まずそうに目を泳がせた。

 周りのメイドたちも、いたたまれないように視線を伏せる。


(昨晩、ヴィンスは私を家族に婚約者として紹介しました。それにもかかわらず、ベアトリス公爵夫人からこれほどの釣書が届くということは――)


 導き出される結論は、ひとつしかない。

 ベアトリス公爵夫人は、私をヴィンスの婚約者として認めなかった、そういうことだろう。

 この山のような釣書は、私という存在を無視して、見合いで改めて結婚相手を選定し直すという無言の圧力だ。

 そう理解した瞬間、足元から這い上がってくる冬の冷気とは別に、胸の奥がキリリと冷えるような心地がした。


 ふと、アメリアが握りしめている一通の手紙が目が留まる。


「それはなんですか?」


「……ベアトリス様から、エリスお嬢様への、お茶会の招待状です」


 私が手を伸ばすと、アメリアは明確に躊躇した。


「いけません。ヴィンセント様からは、本邸からの誘いは全て断るようにと、厳命されています」


「しかし、それではアメリアが板挟みになって困るのではないですか?」


「いいえ。私は……坊ちゃんの乳母になる前は、ベアトリス様の侍女をしておりましたから。夫人の性格は熟知していますし、どうにでもなります。お気になさらず」


 ヴィンスも、アメリアも、行かなくていいと言う。

 その優しさに甘えて、この離れに閉じこもっていればいいのだろう。


「エリスお嬢様は、私たちがなんとしてでも、お守りしますから」


「……守る、ですか」


 昨晩、ヴィンスが言った守るという言葉を思い出す。

 彼は公爵家から向けられる全ての悪意から、私を遠ざけようとしてくれている。

 ――けれど。


「行きます」


 私の短い宣言に、一瞬廊下が静まり返った。


「――えっ!?」

「だめです、エリスお嬢様!!」

「お考え直しください……!」


 驚くメイドたちと、必死に止めるアメリアの前で、私は足元に落ちていた釣書を拾い上げ、掲げた。

 これらの釣書は、いわば私に対する宣戦布告だ。


「ヴィンスの婚約者として、ふさわしいことを証明するのが、最適解でしょうから」


 私はメイドたちに向き直り、静かに、けれど明確な意志を込めて告げた。

 動揺していた彼女たちの目に、それ伝わっていくのがわかる。


「お茶会に向かいます。お手伝いを、お願いできますか?」



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