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門の塔(改稿版)  作者: 烏鷹ヒロ
第2章
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33/34

第16話ー1 魚の門

お久しぶりです。烏鷹ヒロです。

長らくお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。

今後の投稿は、しばらくは不定期投稿とさせていただき、

自分なりのリズムのようなものが掴めたタイミングで

以前のように毎週投稿できれば、と考えております。

今後とも「門の塔」と烏鷹をよろしくお願いいたします。


-


休載していた間、何か見つかるかなと思いまして

資料集めも兼ねて近所の図書館へ向かいました。

ここ数年の間に新しくできた図書館だったのですが、

真新しい館内の空気に、大きなガラス窓から差し込む柔らかい陽光、

沢山の書物の香り、春だったからかどこかから花の香りもしました。

そんな中で書いた物語です。

何か見つかったようで見つかってないような、そんな物語です。

 門の塔の1階の噴水近くで目を覚ましたコウは、とても不思議な感覚だった。

 

 長い間銀の門の中にいたためだろうか。ここが門の塔の1階なのだと思い出すのに少し時間がかかった。だが、すぐに門の塔の1階なのだとわかると、次第に脳は現実を受け入れていく。

 

 銀の門の中の太古の森の中で朝目覚めたときにはあったあの優しい陽光はここにはなく、無機質な壁囲まれたフロアと近くでチロチロと流れる噴水の水温が聞こえるだけ。自身が攻略者だとわかっているが、太古の森で過ごした日々から突然、こんなにも冷たい場所で目を覚ますと、心が何かにきつく締め付けられたかのような感覚にコウはなった。

 

 コウは頭を振った後、寝袋から抜け、すぐに顔を洗うと、フロアの食料棚へ向かう。

 

 何週間も山菜を使った料理が続いていたので、コウの胃袋はただただ”肉”を欲していた。門の塔の1階で目を覚ましたときに覚えた寂しさと、食事は別。”肉”を欲する人間としての欲求には抗えない。

 食料棚には色とりどりの野菜が並ぶが、コウの手は真っ先にベーコンを掴んでいた。コウの意思ではない。手か、胃袋か、ただ”肉”を欲している脳の仕業か。

 

 コウはそのままベーコンを抱え、次に豚肉、その次に牛肉を手に取りかけるが、一度手を引っ込め、パンと卵を手に取り、これ以上ここにいては肉ばかりになってしまう、と思い、すぐに噴水の傍へ駆けて行った。

 

 朝食はたっぷりのベーコンを敷き詰めた目玉焼きトーストとなった。

 ミキも”肉”を欲していたのか、何も文句を言わず、ただひたすらベーコンを敷き詰めた目玉焼きトーストを頬張っていた。コウもまた、胃袋を潤すかのように、目の前のベーコンを敷きつけた目玉焼きトーストに噛り付いていた。

 

 朝食を終えた二人は、門の塔1階、7つ目の門、”魚の門”の前へやってきた。

 門の前に人はあまりいないが、釣り竿を持った釣り人、大きな網を持った人など、見るからに”魚を獲りにきました”と言わんばかりの格好をしている人が、門の周囲に何人かいた。

 

 コウは魚の門へ目をやった。

 

 魚の門は、何の変哲もない木製の門扉を構えていた。だが、右側の扉には頭を天に向けた青と黄色の縞模様の魚の絵が、左側には頭を下に向けたオレンジ色の魚の絵がそれぞれの扉いっぱいに大きく描かれていた。どちらも何らかの塗料で描かれた簡素な絵で、何か特別に綺麗だとかそういった感想が思い浮かばないほどごくごく普通の絵だった。

 

 コウとミキは、魚の門の右側にいる門番の声に耳を傾けた。


 

 「カギはそこにあり、カギ穴もそこにある」


 

 門番の声はガラガラとした年老いた男性の声だった。手に持った柄の長いランタンからは弱々しく水色の光が見えたが、なんだかふとした瞬間に消えてしまいそうな光だった。

 

 ミキは門番の話を聞いたあと、口を開いた。

 「なんだかナゾナゾみたいね。意味はわからないけど……」

 

 ミキの言う通りである。門番の言葉はどこか勿体ぶったような言い方で、攻略者を試しているようだった。

 

 「”カギはそこにあり、カギ穴もそこにある”……。カギがあるからカギ穴があるし……でもカギがなければただの穴だし……」

 

 コウは頭を捻りながら門番の言ったことの意味を考える。まるで”ニワトリが先か、タマゴが先か”という答えが見つからない事柄を無理にでも考えなければならないことを考えさせられている。考えれば考えるほど、どうでもよくなってしまう。

 

 「もう考えても時間の無駄よ! 早く入ろう!」

 

 ミキは考えても無駄だと思ったのか、そう言ってコウの右手を取り、目の前の門を開いて中へ入った。

 

 またあの長く薄暗い通路だ。右側の壁には松明が灯されており、奥まで点々となって続いているのが見える。

 

 この通路の先にはどんな世界が待っているのだろうか、とコウは頭の中で想像を巡らせた。

 魚の門というからには魚が沢山いるのだろう。これで一匹も出てこないのなら魚の門と名乗る意味がわからないからだ。となると、中は水中ということになる。ならば、泡の魔法を使わなければならないな。

 コウがそう逡巡していると、ミキが口を開いた。

 

 「ガロ……中にいるといいな」

 ミキは通路の壁を隈なく見渡しながら言う。

 

 ミキがこの門の塔へ来たのは飼い猫である”ガロ”が門の塔へ迷い込んでしまったためだ。門の塔の中は危険がいっぱいだ。大の大人が数十人で中へ入り、そのほとんどの者が帰って来なかったこともあるほどの場所である。猫一匹だけでそのような場所に入り込んだとなれば、ひとたまりもないだろう。

 

 そしてここは魚の門。猫であるガロはたんまりの”魚”をたらふく食べるためこの門の塔の魚の門へ入った可能性がある。もしガロの姿がなくても、せめて手がかりさえ見つかれば……と、ミキは淡い期待を持ってこの門に入ったようだった。

 

 「ガロもやっぱり魚が好きなの?」

 コウはミキに聞く。もしもどんな魚が好きだったか、など小さな情報さえあればガロを探すのが少しだけ楽になるからだ。

 

 「うん! とっても大好きだったよ。特にカツオとマグロが大好きだったの」

 ミキの表情はまるで明かりをつけた電球のようにぱっと明るくなる。

 「たしか……あのときもそうだったな……」

 

 「あのときって?」

 コウはすかさず聞く。

 

 「ガロが初めてうちに来たときなんだけど、漁でたくさん獲れた小さなカツオを持ってパパが帰って来たときに、気が付いたらガロがカツオを食べてその場で寝てたところを見つけたの。それからうちで飼うことになったんだ」

 

 コウはミキの話を聞いて、ガロの消息を探すミキお手製の紙に載っていたガロの姿を思い出す。

 ガロは毛並みがとてもよく、とてもふくよかな見た目な猫だった。とても食い意地が張っていたのだろうと写真からもわかるほどに。ミキの話を聞いて、ガロのイメージが確固たるものとなった。

 

 そこからミキは、ガロのことを話してくれた。

 

 ミキの話の中でコウが少し驚いたのが、ガロがときおり”人語を話しているような素振りをしていた”という話だ。

 ミキだけが見たのか、アミマド家の他の家族も目撃していたのかはわからないのだそうだが、誰もいない部屋の壁に向かっているガロが誰かいるかのように人語を話し、何かやり取りしているのを聞いたのだと。 そして、そのときのガロの尻尾が二本あるように見えたのだ、とミキは話す。

 

 人語を話し、尻尾が二本ある猫……。

 コウは、ミキから聞いた話をどこかで聞いたような気がしたが、どうにも思い出せなかった。

 

 二人が通路を歩いていると、目の前が少しだけ明るくなり始めた。だが、二人はその歩みを止めることとなる。というのも、通路の先はまるで通路の形を象ったかのように水面がピンと張り詰めている。その向こうでは踊る海藻、その合間を通り抜ける色とりどりの魚たち……。そう。この先は水中なのだ。

 

 だが、二人には水中でも行動できるための術がある。ミキがレスピナス先生から教えてもらった泡の魔法だ。

 

 ミキは懐から自身の杖を取り出し、まずはコウの顔に向かって呪文を唱えたあと、自身の顔に向かって呪文を唱え、二人の顔がすっぽり包まれるほどの大きな泡を作り出した。

 

 そして二人は、すぐに目の前の水面へ飛び込んだ。

 

 通路の先の水面の中は海だった。天から降り注ぐ陽光が、コウたちのずっと上にある海面の波の動きに合わせて、まるで風に揺れるカーテンのように海中を明るく照らし、彩る。その中を、色とりどりの魚や海藻が泳いだりなびいたりしている。とても穏やかで平和な海の中だということが一目でわかるほどだった。

 

 コウはその光景を見て一瞬は美しいとは思ったものの、あまりにも平凡すぎて退屈だなと思った。

 というのも、魚の門というのだから、巨大な人食い魚がいて、自分たちの魔法で戦ったりして、巨大な人食い魚を倒した暁に出口の門が出現するとか、コウはそういったことを想像していたのだ。

 

 だが、まだこの門には入ったばかりなのだ。これから巨大な人食い魚が出てくるのかもしれないし、何かハプニングが起こるかもしれない。ここで平凡だ退屈だと決めつけてしまうのもいかがなものか、とコウは自分を奮い立たせた。

 

 コウはミキのほうを見やり、「出口の手がかりを探そう」と言いかけたときだった。

 泡の中のミキの顔についた青い瞳は、まるで宝石にでもなったかのようにキラキラを輝き始め、今までに見たどのミキの顔よりも生き生きとしている。

 コウは出かかった言葉を口の中へ引き戻し、ミキに問いかけた。

 

 「ミキ、どうしたの?」

 

 コウの問いかけにすぐさま反応したミキは、コウのほうへ顔を向けた。

 

 「コウ、コウ。見てよ! 海藻の山! ――あ、ここは海だから山じゃないけど――見てよ! とーっても珍しい海藻がたくさん!」

 ミキはそう言って周囲に生えている海藻を指さし、

 「これは授業で見たことあるけどテルパーノではなかなか手に入らないやつ! こっちはノリノリのノリ! うつ病の治療に使われるの!」

 

 ミキの興奮は凄まじいものだった。「ここは宝の山だ」と言わんばかりの勢いで、次から次へと海藻の名前を言い、説明していく。コウにはどれも同じようなものにしか見えなかったが、ここで止めてもよくはないだろうと思い、そのままミキの話を聞き続けた。

 

 ミキの興奮が少しずつ収まってきたころ、ミキは「あ!」と大きな声をあげた。

 

 「あっちにもいっぱい! 私、見てくるからコウはここで待ってて!」

 

 ミキはコウの返事も待たず、すいすいと泳いで遠くの岩礁へと行ってしまった。

 

 コウは、自身の両手を頭の後ろで組み、右足を左の膝へと乗せて、まるで休日にベッドの上で休んでいるような格好でずっと上で揺れている水面の動きを眺めはじめた。

 

 ミキにはここにいろと言われてしまったし、かと言ってどこかに独りでに行って逸れても困る。出口の手がかりもあるわけでないので、ここでじっとしているしかないのだ。

 

 ずっと上で輝く太陽の光が水面に降り注ぎ、そして真っ白なレースカーテンのような筋を作ってコウのいる場所へと落ちてくる。波の動きに合わせて揺れ動く陽光のレースカーテンはとても幻想的だ。その合間を縫うかのように小魚が泳ぎ、すぐ近くでは海藻が踊る。ここでコウはあることに気が付いた。先ほどミキが言っていた”ノリノリのノリ”という茶色い海藻が、陽気なジャズのリズムに合わせるかのように文字通り踊っているのだ。

 

 そう言えば……。とコウはミキの言っていたことを思い出す。”ノリノリのノリはうつ病の治療に使われる”と。これだけノリノリで陽気な海藻ならうつ病なんてすぐに吹き飛んでしまうだろうな、とコウは思った。

 

 コウは杖を取り出し、光の呪文を唱えた。杖先に小さな柔らかいアイボリーの光が灯る。

 小さな光に反応してか、周囲にいた小魚たちが光の周りに集まってきた。青い魚、赤い魚、オレンジ色の魚、よくある銀色のような美味しそうな魚……。人が様々な服を着ているかのように、魚も様々な色の鱗をしている。とても愉快な光景だ。

 

 一定のリズムで揺られているからだろうか。コウは突然眠気を感じた。この陽気で穏やかな海の中はとても心地が良い。どんな人でも眠気がくるだろう。

 うとうと……うとうと……。とコウが転寝をしていると、コウの頬に何かが触れた。少しザラザラとしているような、でも、どこかなめらかな感触だ。

 

 夢の中へ行きかけていたのに、不思議な感触に起こされてしまったコウは、目を少しだけ開いた。

 目の前、ほんの十数センチ先には小さな魚がいた。小さな魚は、南の国の海に居そうな青とオレンジ色の模様をした平たい形をしている。

 

 海の中なのだからこんな魚もいるよな、とコウはまた夢の世界へ戻ろうとしたとき、ある異変に気付いた。

 その異変とは、先ほどの青とオレンジ色の模様をした小さな魚だ。口の形が何か違うのだ。

 

 コウの眠気はすぐに吹き飛び、夢の世界はどこか彼方へ消え去った。

 

 目を擦り、もう一度先ほどの魚の口をよく見る。目の前の魚はまるでコウを避けるように右往左往するが、コウは手を使って逃げないように誘導しつつ魚の口がよく見える位置へ移動させた。そして、コウは声をあげたりはしなかったが、心臓がゾクゾクと気持ち悪く動いた。そうなるのも無理はない。だって、魚の口が鍵穴の形をしているのだから。そのような口の形をした魚は、生まれてこのかた見たことがない。いや、そもそも存在すらしていないはずだ。存在すらしていないはずと断言したが、現に目の前に存在している。そうだ、ここは門の塔の中の門。魔法が作った世界だ。鍵穴の形をした口の魚がいてもおかしくない世界なのだ。

 

 ふと我に返ったコウは、先ほどの口が鍵穴の形をしている魚を探したが、目を離した隙にどこかへ行ってしまったのか、姿が見当たらない。海藻をかき分け、周囲にたくさんいる様々な魚を見てみるも、あの青と黄色の模様をした魚の姿はない。考え事をする前に捕まえておくんだった、とコウはとても後悔した。

 

 でもここで後悔している暇もない。まだ遠くへは行っていないはず。

 コウはすぐさま鍵穴の口をした魚の捜索を始めた。

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