第16話ー2 魚の門
(すごい……イヌナキノモだ……! こっちはモッチリブドウ!)
コウを置いて遠くの岩礁までやってきたミキは、周辺にこれでもかというくらい生えた海藻を見て興奮しながら採取していた。
今ミキが手に持っているのは、”イヌナキノモ”と”モッチリブドウ”だ。
イヌナキノモは、黄緑色をしたゼンマイのように先がグルグルを巻かれたような形をした海藻だ。食べた犬がずっと吠え続けるのでそう名付けられたのだ。主に傷の治癒をする魔法薬の材料に使われる。
そして、モッチリブドウは、海ブドウとよく似た海藻だ。黄色で細かい枝のようになった先に小さな粒がたくさんなっている。食感がモッチリとしているのでそう名付けられた。主に美容系の魔法薬の材料として使われている。
ミキはサコッシュから小瓶を2つ取り出し、それぞれにイヌナキノモとモッチリブドウを入れた。
この海の中にはミキが学校の教科書でしか見たことがない、魔法薬の材料としてよく使われるが、なかなかお目に掛かれない海藻が数多く群生していた。まさかこの目で見られるとも思っていなかったものばかりだ。今は魔法薬の実験ができるような環境ではないが、これらを持ち帰り、いつか実験ができれば……。いや、家に持ち帰って水槽で育てる……? とミキはこれからのことを考えながら、また一つ、また一つと海藻を採取しては小瓶に入れていった。
魔法サコッシュの中が海藻を入れた小瓶同士の重なり合う音が響き始めた頃、そろそろコウの元へ戻らないと、とミキは思い、杖を取り出して探索の魔法をかけた。
探索の魔法は、よほど魔法での防護が掛かっているような物や、遠くにある物、小さな虫などではない限りだいたいの物は探せる便利な魔法だ。レウテーニャ魔法大学校では二年生で習うほど初歩的で簡単な魔法である。
ミキの魔法に反応してか、海藻たちのずっと向こうに人影が泳いでいるのが見える。魔法サコッシュを下げているのでコウで間違いないだろう。何かを探しているような動きだが、さほど遠くまで行っていないようだった。
ミキは杖を仕舞い、人影が見えた方向へ泳いでいこうとしたが、またもの珍しい海藻が目に入った。少し青い色が強い海藻で、神経痛の治療薬などに使われることが多い海藻だ。ここで採取しなければ次いつお目にかかれるかわからない代物である。ミキは心の中で「コウ! ごめん!」と謝りつつ、見つけた海藻を採取し始めた。
青い色が強い海藻をサコッシュから取り出したハサミで丁寧にカットし、小さな小瓶に入れる。ミキの作業が気になったのか、たまたま微生物がいたのかはわからないが、まるでミキの作業を邪魔するかのように小魚たちが寄ってくる。ミキは、丁寧に小魚たちを手で払いながら海藻を採取する。
なんとか小魚たちを傷つけず採取を終えると、ミキはサコッシュへハサミと海藻を入れた小瓶を入れた。そのときだった。ずっと下に見える岩礁の隙間を小さな魚が泳いでいたのだ。全身がオレンジ色に輝いており、一目でどこか普通の魚とは違うとわかるほどだった。
ミキはその魚のことが気になり、逃げないようゆっくりと近づき、そっと観察を始めた。
ミキはまた、あれ? と思った。
なんとそのオレンジ色に輝く魚の体に、小さな鍵のようなマークが黒く描かれていたのだ。よく近くで見ないとわかないほどの大きさなので、この魚が群れの中にいたり、遠くにいたりすれば見逃してしまうほどだった。
ミキは杖を取り出し、杖先を楕円を描くように軽く振ると、杖先に白く輝く魔法の網が出現した。魔法の網で、まるで優しく包み込むように、目の前のオレンジ色に輝く魚を捕まえた。
魔法の網の中に入った魚を、ミキはじーっと見つめる。目を凝らして、これでもかというくらい見つめる。やはりミキの目がおかしいわけではない。オレンジ色に輝く魚の小さな黒い模様は鍵の形をしている。誰が見てもそう答えるであろうというほどくっきりと鍵の絵文字でも刻印されているかのようだった。
鍵の模様を持った魚なんてさすがに夢じゃないのか、とミキは現実を見ようとしたが、現に今目の前にいる。尾びれを左右に振っては魔法の網から出られないかともがいている。ここは門の塔の中の門なのだから、お腹のあたりに鍵の模様がある魚がいてもおかしくはない。そして、ここが”魚の門”だということも忘れてはいけない。
ミキは、魔法の網の中にいるオレンジ色に輝く魚をもう一度確認し、海藻をかき分け、コウがいるあたりへ真っ直ぐ泳いでいった。
◆
コウは、やっとの思いで口が鍵穴の形をした魚を捕まえた。
魚が傷つかないよう両手でそっと覆い、魚の姿を両手の親指の隙間から確認する。魚はコウの手の中で尾びれを見せたり、模様を見せたかと思うと、顔をコウのほうへ向ける。コウは目を凝らしてその口を見る。魚の口の形はやはり鍵穴の形をしている。コウの見間違いではなかったのだ。
もしもこの魚が本当に出口の鍵穴ならば、すぐにでもミキに知らせなくてはならない。
だが、ミキが今どこにいるのかわからない。そして、魚を逃がしてはいけないので両手を話すこともできず、コウはその場でじっとしているしかない。
このままミキが海藻の採取に夢中になったままになったらどうしよう。こちらからミキを探しにいくしかないが、上手く泳げるのだろうか……。などとコウが考えていると、遠くから何か声のようなものが聞こえてくる。
「――いっ! こっ――て!」
水中だからなのか、こもって聞こえる。もしかしたら、この門の中にいる魔物の声かもしれない。
コウは警戒しつつ、手の中の魚を逃がさず戦闘をする方法を頭の中で目一杯考える。だが、両手を塞がれては杖も剣も取り出すことができないし、泳ぐことも難しくなる。どこかへ隠れるのが正解か? と考えていると、コウはすぐに胸をなでおろすこととなる。
「コウ! ずっと呼んでたのに!」
ミキがそう言いながら海藻の影から現れたのだ。
魔物でなくてよかったと心の中で安心したあと、コウは口を開く。
「よかった! ちょうど探しに行こうとしていたところなんだ!」
コウは魚が中にいる両手をミキのほうへやり、「この魚をミキに見せようと思って」
ミキはコウの近くへ寄り、コウの手の隙間から中を覗き込む。
「あれ? この魚……口の形が鍵穴みたい」
ミキはすぐに気が付いたようだった。
「そうなんだ。もしかしたら出口の手がかりかもしれないからすぐに知らせないとって思って」
コウがそう言うと、ミキは自身の杖の先についた何か白くてふわふわした物を差し出した。
「私もね、変な魚を見つけたの」
コウは、ミキの杖の先についた白くてふわふわした物の中をよく見ると、何やら魚の影が見える。そして、全身がオレンジ色をした魚の体には小さい鍵のマークのような模様がある。
コウは魚を見てすぐにピンときた。
「まさかこの魚が鍵?」
「私もそう思ったの! でも鍵のマークがあるだけで鍵そのものはどこにも見当たらなくて……」
コウは、ミキにそう言われもう一度全身がオレンジ色をした魚を見る。確かに鍵のマークが体にあるだけで、鍵そのものは見当たらない。
何か呪文のようなものを魚に向かって言えば魚の体が鍵に変わるのだろうか? それともただ鍵に似たマークが体に入っていただけで、鍵とは関係ないのだろうか?
コウは少し考えたが、答えらしい答えには辿り着かなかった。
それから二人はあれやこれやと考えた。
ミキは変身呪文の類いや、学校で聞いた古い呪文などを思い返したがどれも鍵のマークが入った魚には効果がなさそうだ。コウも昔読んだ本の内容を思い返したがどれも外の世界にいるごく普通の魚の知識だけで、目の前にいる魔法が作り出した魚には通用するはずもなかった。
そこでコウはふと、門番の言葉を思い出す。
「”カギはそこにあり、鍵穴もそこにある”……」
コウは、門番の言葉を呟くように言うと、自身の両手の中にいる鍵穴の口を持った魚をもう一度見る。
カギも鍵穴もすでにここにある。特別なことをしなくても、もうカギも鍵穴も揃っているのだ。ならば……。
コウはミキに、カギの模様が入ったオレンジ色の魚を魔法の網から出すよう申し出た。
「どうして? 何か見つけた?」
「ううん。何も見つけてないんだけど……魚同士を近づけたらどうなるのかなってふと思ったんだ」
もうすでに手元にはカギと鍵穴があるようなもの。”そこにある”のだから、本物のカギと鍵穴と同じように鍵穴にカギを挿し、解錠すればいいのではないか? コウはそう考えた。
ミキはコウの言う通りに、魔法の網からオレンジ色の魚を出す。コウはオレンジ色の魚が逃げないよう、左手でゆっくりと自分のほうへ誘導し、そこへ鍵穴の口の形をした魚を近づけた。
「わぁっ!」
様子を見ていたミキが驚く声をあげる。
驚くのも無理はない。なんと、鍵のマークが入ったオレンジ色の魚の口から小さな鍵が、まるで押し出されるかのように出てきたのだ。
「ミキ、何が起こるかわからないから僕の後ろにいて」
コウはミキにそう促すと、ミキはコウの背後へ泳いでいく。
コウが手でうまく誘導しながら、オレンジ色の魚と鍵穴の口の魚の口元を近づけていき、カギが鍵穴へと差し込まれると、二人の目の前が突然白く強く輝きを放つ。コウとミキは眩しくなり手や腕で目を覆うと、すぐに輝きがおさまった。
そして、二人の目の前には先ほどまでなかったはずの門が出現していたのである。
目の前の門は、門の塔で見た木製の扉に大きな魚の絵が描かれているあの門と同じものだ。
コウは目の前の門の取っ手を握り、ゆっくりと開く。中はあの薄暗い松明が灯された通路だ。どうやらこの門は出口らしい。
二人はすぐに出口の門の中へと入り、頭を包んでいる大きな泡を消したあと、海水で濡れた服を魔法で乾かす。ここまでくれば慣れたものだな、とコウは思いながら、自身の杖で服を乾かしていると、ミキが口を開く。
「なんだか、これでいいのかなって感じだね」
「これでいいのかな? って?」
コウはすぐに聞き返す。
「うーん。どう言えばいいんだろ……。不完全燃焼? って言えばいいのかな?」
ミキは悩みながらも自身の思っていることを言葉にする。
コウはミキの言わんとしていることをすぐに理解した。これまでの門は門を探したり、何かを倒したり、門の中で何かをしたが、この魚の門は、ただ海の中を泳ぎ、目の前にいた魚がたまたま鍵穴とカギだった。それを捕まえて近づけると、目の前に出口が出現した……。
あまりにもあっけらかんとしたクリアだったので、拍子抜けしたのだ、とミキは言いたいのだろう。
服を乾かし終えた二人は、左側の壁に松明が掛けられた通路を、コツコツを足音を鳴らして先へ進む。
「たまにはいいんじゃない?」
コウはそう言い、魔法サコッシュの中に入れておいた今朝の朝食の残りであるベーコントーストの一つをミキに差し出す。
「クリアできたんだしさ。それにまだまだ先は長いんだし、こういう門が一つや二つあっても悪いことは起きないよ。……たぶん」
ミキは、コウの最後の自身なさげな「たぶん」にクスリと笑い、「それもそうね」
それから二人は、ミキが門の中で採取してきた海藻の話で盛り上がった。
あの海藻はこうで、こういう効果があって、ととても自信満々に話すミキに、まるでミキをおだてるかのように上手く言葉を返すコウ。
魚の門は、出口を見つけた方法などとても幸運だったが、二人の旅の経験値をまた上昇させてくれたかのような門であったことは間違いない。




