第14話ー2 金の門
コウとミキが黄金の果樹園で見つけた人の形をした黄金像は、女性の模したものだった。
歳は20代くらい。長い髪を後頭部で一本に束ね、手に持った黄金の果実を一口齧ったその様子を象った像だ。
その瞬間をまさに切り取ったかのように、女性の表情や髪の一本一本、傷跡や皺までとても繊細で、コウもミキも見入ってしまうほどだった。
だがここはどこかの美術館でも、公園でもない。門の中の全て金でできた世界の中にある果樹園のような場所。何か理由がありそうなわけでもなく、女性の黄金像は不自然にもそこに置かれている。
黄金像は見たところ、長い間ここに放置されているわけではなさそうだった。本当に今さっきまで動いていた人が何かの拍子に止まってしまった。時間が停止したような雰囲気だった。
二人は女性の黄金像から離れ、果樹園の奥へと進もうとした。その瞬間、果樹園の上空がだんだんと金色の分厚い雲に覆われていく。この世界にも天候があるのならば、雨が降るのだろうか。濡れてしまうのだけは避けたい。
二人は歩の進みを少し早めた。
あの黄金の女性像のあった場所から少し進んだ場所には、今度は2つの男性の黄金像が置かれていた。
両方ともそれなりに歳をとっているような出で立ちで、片方は背が高くて細く、もう片方は小さくて少し太っていた。
2つの像はどちらもたくさんの黄金の木の実を両手で有り余るほど抱えており、とても嬉しそうな表情をしている。これだけたくさんの木の実を手に入れられて満足と言いたげだ。
その2つの像も、まるで時が停まってしまったかのようだった。
どうしてこんな場所に?
さっきの女性像といい、コウは少し違和感を覚える。
「コウ! こっち!」
ミキが少し離れた木の近くからコウを呼び掛ける。
どうしたのだろう? と思い、コウが近づいて行くと、そこにはさっきの女性像や2つの男性像とよく似た男性像が2つ、女性像が1つ、並んでいた。
そして、出で立ちこそ違うものの、この像たちも黄金の木の実を手に持っていたり、齧ったりした様子である。
コウとミキは周囲をよく見た。
果樹園の木の合間に、人の黄金像がいくつも立ち並んでいる。誰かが黄金像を作って置いたような様子はない。
これは、人そのものが黄金像になってしまったのだ。
二人はそのことに気が付き、すぐにこの場から離れて山へ向かおう、ということになった。
金で出来た大きな山を目指して、果樹園の中を進む。中へ進んでいくごとに、金の像となってしまった人はどんどん増えていく。どの人も金の果実を持っていて、一瞬で黄金の像に変わってしまったことが目に見えてわかった。
上空の金の雨雲は、次第にゴロゴロと音を鳴らし始める。とても嫌な音だ。ゲリラ豪雨のような一時だけを凌ぐような雨なら、どこか大きな木の下にでも隠れようか、と悩んでいたところ、足元に一滴の雨粒がピトリと音を立てて金の地面へと降り立った。
また一滴、また一滴、そして雨滴は幾千の星の数よりも多くなり、周囲を濡らし始めた。
「ミキ、近くの大きな木で雨宿りをしよう!」
と、コウが近くの大きな金色の木を指さし、ミキのほうを向いたときだった。ミキの肩が金色に染まっているのである。視線を自身の手へ移すと、指先が少し金色に輝いている。どうやら、金色の雲から降る雨を浴びると、体を金色にしてしまうようだった。
コウはふと、あの黄金像たちを思い出す。
もしかして、この雨を浴びても黄金像になってしまうのではないか?
グズグズしている暇はない。ここで黄金像になってしまっては、一巻の終わりだ。
コウはミキの右手を握り、すぐさま近くにあった大きな木の下へ入った。
「どうしたの?」
ミキが驚いて目を見開きながら、コウに聞く。
「ミキ、ローブを脱いで! 早く!」
コウは自身の革のベストを脱ぎ、サコッシュからハンカチを取り出すと、革のベストに付着した金の雨水をふき取り始めた。
ミキはコウに言われレウテーニャ魔法大学校の生徒である証の黒いローブを脱ぐと、「わっ! なにこれ!」と驚いたような声をあげた。ミキのローブの肩やフードのあたりが金色に染まっていたのである。
そしてコウは、雨水を浴びた革のベストを拭いていて気が付いたことがあった。金色に染まった部分が少し固くなっていたのである。
もしもあのまま雨水を浴び続けていればどうなっていたのだろう?
コウは想像しただけで背筋が凍るような感覚がした。この世界では、食べたり、飲んだり、触れたりすれば、体は黄金になり、像となって固まってしまうようだ。
「ねえ、コウ……」ミキはローブについた金色の雨水を魔法で乾燥させながら、
「もしかして、この雨に濡れると金色の像になっちゃう?」
ミキも気づいたらしい。
「そうだと思う……。たぶん」
コウは深く頷きながら答えた。
雨が止む気配はなく、このまま木の下にいても雨水は葉の間を伝い、二人のいる場所へと落ちてくる。こうなればいつ自分たちが黄金像になってしまうかわからない。一刻も早くここから出なければならない。
雨水が付着した衣類は、金色が落ちず、ほんの少し固くなったままとなってしまった。ということは、乾いたりしても元に戻らない。もしも皮膚や髪につけば、そこは一生黄金のまま固まってしまうのだろう。
二人が想像したことは、目の前で真実へと変わっていく。
ミキは少し金色になってしまったローブを着直し、杖を持ち、頭上へと掲げる。
「コウ! 杖を出して、私の真似して!」
「え?」
「いいから、早く!」
ミキに言われるがまま、コウは杖を取り出し、ミキのように頭上へ掲げる。まるで杖先に灯した聖火を掲げるような様だ。
「呪文も真似してね! ――アン・トゥ・ラ」
「アン・トゥ・ラ」コウはミキの呪文を真似し、そう唱えた。
すると、杖先から細い一本の赤色の筋が出始める。そしてある程度の高さまで伸びたかと思えば、コウの体を覆うほどの膜のようなものが広がった。これは傘だ。よく使う、金属の骨組みと撥水加工をされた布を組み合わせた傘ではなく、魔法の膜のようなもので作られた傘だ。
コウがミキのほうを見ると、ミキの杖先からもよく似た魔法の傘が出現していた。だが、色は水色。色の違いは何故なのかはわからないが、ミキの髪色のようでキレイだ、とコウは思った。
魔法で傘を作り出したコウとミキは、先を急ごう。せめて、雨風を凌げる場所を探そうということになり、隠れていた木を離れ、果樹園の中を進み始めた。
山から離れないよう位置を確認しつつ、果樹園の中を歩いていると、道中で倒れた男性の黄金像を見つけた。
この男性の黄金像は、果実は持っていなかったが、金の雨に降られたのか全身びしょ濡れのままだった。
コウは、可哀想だなと思いつつも、この人のようになりたくないので心を鬼にして歩を進めた。
雨脚は止まることなく、力強く振り続ける。
今はまだ魔法の傘があるから大丈夫、と思い、コウは頭上を見上げると、魔法の傘は金色に染まり始め、少しずつ傘が削れてしまっていた。
これは一刻を争う。早く雨風を凌げる場所か、出口を見つけないと!
歩みの速度を早め、二人は果樹園を突っ切る。ずっとずっと先へ進み、果樹園を抜けると少し開けた場所に出た。その場所には中央に金色の水で満たされた泉があり、雨は降り続けているものの、どこか静けさを感じる場所だった。
金色の水で満たされた泉へ近づきながら、周囲を散策する。
何か小屋や、岩陰でもないだろうか? 二人分ほどの狭い場所でいい。雨が凌げられればいい。
コウはそう願いながら周囲を見渡したが、それらしいものは見当たらなかった。
魔法の傘は刻一刻と削れている。ミキもそれに気づいたのか、視線を広範囲に巡らせ隠れられそうな場所を隈なく探しているようだ。その表情からとても焦っている様子が窺える。
二人でこれだけ探してもそういった場所は見当たらない。このまま山へ進むか、来た道を戻ってしまうか。どちらへ進んでも同じ穴の狢のような気がして決断ができない。その間も無情にも雨は降り続ける。魔法の傘は少しずつ削れていく。もうダメかもしれない、と思ったその時だった。
金色の水で満たされた泉の水面がゆっくりと動き、やがて小さな波を立てるほど激しく動いたかと思うと、水の中から女性の黄金像が姿を現した。
だが、泉から姿を現した女性の黄金像は、果樹園で見かけた他の黄金像とは何かが違った。その答えは、すぐにわかることとなった。
「何か探し物ですか?」
泉から出てきた女性の黄金像は、コウとミキにそう問う。
今まで見てきた黄金像と違い、目の前のそれは像などではなく、手足や口を動かすことができる生きた人だった。
見た目はヒューマニ族のようだが、耳はエルフィナ族のように横に長く、頭には水牛のような大きな巻角が生えている。そして、黄金の体に黄金の布を纏った姿はどこか古代の女神を想起させる。
「何か探し物ですか?」
コウとミキが呆気に取られて女性像を見ていると、問いかけが聞こえなかったと勘違いされたのか、黄金の女性はまた二人に同じことを聞いた。
「あ、えっと……。出口を探しています。この世界から出るための出口を」
コウは、黄金の女性の問いにそう答える。
「そう」黄金の女性は素っ気なくそう返事した。
あまりにも軽く素っ気ない返事だったので、コウは少し呆気にとられた。
「では、金でできたこのナイフと」黄金の女性は右手に金色に輝くナイフを出し、そして左手に銀色に輝くナイフを出したあと
「銀でできたナイフ、どちらか貰えるとしたらどちらが欲しいですか?」
どこかのおとぎ話で聞いたようなことが、今目の前で行われていることにコウは驚いた。だが、何か物を落としたりしたわけでもないのになぜ? コウがそう考えていると、黄金の女性は「早く答えよ」と言わんばかりに答えを急かす。
コウは少し逡巡したのち、口を開いた。
「どっちもいらないです」
「なぜ?」と黄金の女性はコウに聞く。
「ナイフなら持っているし、金でできていようが銀でできていようがどうでもいいからです」
コウは真っ直ぐな目で黄金の女性を見据えながら、そう答えた。
この攻略の旅で使うのなら、すぐに使い物にならなくなったり、盗まれやすい金や銀でできたものより、少々ボロくなっても手入れをすれば長く使える普通のナイフで十分だからだ。
少しの沈黙のあと、黄金の女性はミキのほうへ視線をやり、口を開いた。
「そちらの方へ質問します」黄金の女性がそう言うと、女性の右手には金色の、左手には銀色の杖が出現し「あなたは金でできた杖、銀でできた杖、どちらか貰えるとしたらどちらが欲しいですか?」
質問の内容はナイフから杖に変わっただけだった。
コウは様子を窺うため、ミキのほうを見る。ミキは少し悩んだような素振りを見せたあと、真っ直ぐな目で黄金の女性を見、口を開いた。
「私には大事な杖があるから」ミキは右手に持っている自身の杖を女性にちらりと見せる。
「どちらの杖もいりません」
ミキの返答を聞き、コウは少し安堵した。もしもあの金と銀の杖のどちらかが欲しいと言うのではないかと、もしも言おうものなら止めなければいけないのでは、と思っていたからだ。だがミキもコウと同じような返事をした。ミキにとって最高の杖とは自分に合ったあのサクラの木と海鳥の風切り羽でできた杖だけで、杖が金であろうが銀であろうが、うまく扱えなければ意味がないのだ。
二人の答えを聞いた黄金の女性は微笑みを浮かべ、
「あなたたちにはそのままでいてほしい」
そう言うと、突然強い光を放った。
あまりの強い光に、コウとミキは「わっ!」と声を上げ目を瞑った。
数秒したのち、強い光がおさまった。
コウはゆっくりと目を開けると、そこには木製の質素な扉が立っていた。どこかの民家にあるような、部屋を区切るための普通のドアだ。
このドアが何なのかコウにはすぐわかった。出口の門だ。
コウは杖で作った魔法の傘を見る。傘の膜のようなものはもう一刻の猶予もないほど削れていた。
コウはミキに「すぐ中に入ろう」と促し、二人は出口の門を開いて中へ入った。
中は、石が積み上げられたあの薄暗い通路だった。左側の壁にはいくつかの松明が灯され、ずっと奥へと続いている。
この光景に二人は安堵し、通路の先へ進み始めた。
「なんとか出口が見つかってよかったね」
ミキはコウに言う。
あのときミキがじゃんけんで負けていれば海側へ行くことになっていた。もしも海側へ行って雨が降っていたら……。出口が見つからない間にも黄金像になっていたかもしれない。
ミキが勝ってくれてよかった、とコウは心から思った。
コウはこの金の門の中でのことを振り返る。
門番の言っていた「欲は人を狂わせる」、黄金像となってしまった人々、最後に黄金の女性が言っていた「あなたたちにはそのままでいてほしい」というあの言葉……。
この金の門の中では”欲”が出てしまうと黄金像へと変えられてしまうようだ。そして、門の魔力源へになってしまうのだろう。
だが、本当にあの黄金の女性が言っていた言葉はどうも心からの言葉のように思える。誰かからのメッセージのようなものを感じ取れるが、果たしてそれは誰なのだろう? この門を作った人? でも誰が作ったのだろう? 何もかもがわからない門の塔を作った人などいるのだろうか?
思考をぐるぐると巡らせるが、門の塔やその中の門についてわかることなど何もない。
コウが首をかしげていると、目の前にはあの金ぴかの門が見えてくる。
やたらと眩しい門をミキが開くと、そこは門の塔の一階だった。
コウはサコッシュからマップを取り出し、”金の門”と記された箇所を確認する。星マークがついている。これで”金の門”はクリアだ。
いくつかの門を通して何かわかりそうだが、その答えは指の間をすり抜けるかのようにまたわからなくなる。
いつかその答えに辿りつくのだろうか。それとも先に母マルサが見つかるのだろうか?
コウは考えるのをやめ、食料棚へ向かい、今日の夕食の食材を集めることにしたのだった。




