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門の塔(改稿版)  作者: 烏鷹ヒロ
第2章
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第14話ー1 金の門

 静寂の中、女性像が抱える水瓶から透明な水が流れ落ち、チロチロと水温を立てながら水盆へと溜まっていく。その水音を邪魔するかのように、コウとミキは慌ただしく、身支度をしていた。

 

 髪を軽く整え、朝食はとても簡単な物だけで済まし、寝袋を片づけ、サコッシュを肩にかけ、忘れ物がないか確認をする。

 

 コウが革のベストのポケットに入れている懐中時計を確認すると、牧場でアルバイトしていたときの起床時間より少し早いくらいの時間だった。

 

 忘れて物がないことを確認し、二人は駆け足で目的の場所へ向かった。

 

 こんなにも早くにやってきたのだ。さすがに大丈夫だろう。

 コウがそう思った瞬間、目に飛び込んできた情況を見て、すぐに落胆することとなる。

 

 「一足遅かったか……」

 「うっわ~。すごい人」

 

 二人がそう声を出してしまうほど、”金の門”の前にはたくさんの人でごった返していた。数百人は超えているように見える。一つの門に数百人だ。門の前はすでにすし詰め状態で、人はおろか、ネズミ一匹すら入る隙間もないほどだ。

 

 二人が特急列車のような速さで身支度を済ませたのにも関わらず、この混雑ぶりだ。金の門の人気をその目で肌で感じることができた。今日よりもっと遅い時間帯や、それこそお昼以降となると、入ることすら難しかっただろう。早起きしてやってきたのは正解だったかもしれない。と早朝の自分たちを褒めたたえることにした。

 

 どうして二人がこんなにも朝早くから金の門へ入ろうとしたかと言うと、昨夜ミキが話した一人で攻略をしているという若い男性から「金の門はすごい人で入るのにとても時間がかかるから早朝に行ったほうがいい」と、教えてもらったのだ。

 そして、昨夜は遅かったにも関わらず、早起きをし、金の門へ急いだのだったが、一足遅かった、というわけだ。

 

 まあ、今は悔いていても仕方がない。時間は巻き戻らないし、有限なのだから、次の事を考えなければならない。

 

 二人は金の門へ並ぶ人の列を探したが、どの人も列など形成せず、我先に入ることだけを考えており、文字通りごった返していた。

 列の最後尾がわからないままその場で立ち尽くしていると、二人より後に来たらしい男女二人組が、他人のことなど気にも留めず、金の門の前の人だかりへ入っていく。その次に来た複数人のグループや、怪しい格好をした人も、グイグイと人を押しのけ、時には人を怒鳴りつけてでも自分を最優先に行動している。この門の前では、秩序、モラル、そういった物などない。自分だけが得をすればいい。そう言った人だけが集まる門なのだ。

 

 コウは、目の前の群衆に憐憫めいた視線を向けたあと、その視線を門へ向けた。

 

 マップの右から5つ目の門、”金の門”。

 

 その名の通り、門は太陽よりも眩しいのではないか、というほどギラギラと金色に輝いており、異様な存在感を放っている。まるで「俺はこの門の塔の門の中でも王様なのだ」と高笑いしているかのように、威圧的で傲慢そうだ。こういった見た目の感想は、人にしか使わないと思っていたが、門に使うこともあるんだ、とコウは思った。

 

 門の見た目ですらこういう感想が出てくるのだ。そこに集まる人も同じような人ばかりなのだ。この門はそういう人を集める門なのだ。そう納得するしかなかった。

 

 ただ立ち尽くしているだけでは、後から来た人にどんどん抜かされてしまう。今だけは秩序やモラルを捨てて、赤の他人を押しのけてでも門の近くへ行かねばならない。

 

 二人は意を決して、人だかりの中へ潜り込んだ。

 

 隣にいる誰かの事など一切気にも留めず、ただ力任せで障害物を押すような感覚で前へ進んでいく。

 

 今押した誰かが倒れたりしたような音を聞いても、なりふり構わず進むしかない。こういった行動はやはり人としてどうなのだろう。良心を自分自身で握りつぶしているかのように、胸の内が苦しくなる感覚がする。でも、今だけは仕方がない。ごめんなさい。と心の中で言い聞かせながら、コウは前へ前へと進んだ。

 

 ある程度前へ進んだところで、コウは人々の会話がとても気になった。

 

 ある男性は「この門は大儲けできるって評判だって聞いたから来たんだ」と言い、

 ある女性は「この門の金を持って帰って外で売るの。それで一生遊んで暮らすの」と話す。

 

 どの人も同じようなことを話している。

 大儲け――借金を返す――一発逆転――一生遊ぶため――。

 自分たちの私利私欲のために、高い入塔料を払ってこの金の門を目当てに来ている人ばかりのようだった。

 

 どれほどの人を押しのけて、時にはたくさんの足の間を潜って、門の前へ来ただろう。

 

 ふと、金の門の真横に立つ門番の姿が目に入った。

 相変わらずボロボロで薄汚い黒いローブを深く被り、陰湿な空気を漂わせている。その姿はなんだか金の門の隣には相応しくなかった。

 

 門番が左手に持った長い柄のついたランタンが揺れる。そのランタンからは金色の光が輝いていた。

 

 コウは門番の声に耳を澄ませる。

 

 「欲は人を狂わせる」

 門番は、とても威厳のありそうな男性の声でそう語った。

 

 すると、次のの瞬間。周囲の喧騒は突然大きくなった。もう門番の声がコウの耳に届かないほどだ。そして、何が起こったのか確認する暇もない間に、周囲の人が大きな波のように揺れ動き始めた。

 

 コウはなんとか群衆の間から顔を出すと、目の前のギラギラと輝く金の門が開いている。その開かれた門に、人々が入ろうとしているのだ。

 

 「俺が先だ!」「いいや、俺だ!」「私が先だったでしょ!」

 

 もう何がなんだかわからない状況のまま、人々は怒鳴り合い、殴り合い、開いた金の門へ飛び込もうとしている。 

 まるで海底に空いた穴へ吸い込まれるかのように、周囲の人の波に飲まれ、コウは荷物を必死に守りながら、金の門へ吸い込まれていく。

 

 そのとき気が付く。ミキの姿がない。

 

 「ミキ? どこ? ミキ!」

 コウはできるだけ大きな声でそう叫んだが、ミキの姿はない。人の波間で見失ってしまったようだ。

 

 「ミキ! 返事をして! ――あっ!」

 

 もう誰にもどうすることもできない。コウはそのまま金の門へ吸い込まれてしまった。

 

 気が付いたときにはあの通路に一人、座った状態で壁にもたれていた。

 右手の壁には火が灯された松明がズラリと並んでおり、奥まで点々と続いている。

 

 「……ミキ!」

 コウは思い出したようにミキの名を叫んだ。やはりミキの姿はない。完全に逸れてしまったようだ。

 

 このまま先へ進んで、その先で落ち合うか? でも、その先でも見つからなければどうしよう……。

 

 コウは思考を巡らせる。

 

 あのときしっかりミキを見て行動していれば。でも、あの人の数だ。どんな人でも見失う。仕方がなかった。

 

 コウは後悔するのをやめ、前へ進む決意をした。

 今は後悔をするときじゃない。前へ進むことだ。ミキだって七日間講義を受けた一人前の魔法使いなのだ。たった一人でも自分の身は自分で守れる。

 

 そう考えながら松明がいくつか通り過ぎたとき、目の前が突然明るくなった。

 眩しくなり目を閉じ、そして数秒後に開いた。

 

 「あ、コウ! よかった! 無事だったのね!」

 目の前に現れたミキがコウのもとに駆け寄り、そう言う。

 

 「ミキも。無事でよかったよ」

 ミキの姿を見て、コウは心の底から安堵した。

 

 お互い人の波に攫われたが、こうして五体満足で再び合流できたことは奇跡と言っていいだろう。本当によかった。そして、ミキを信じて前へ進んでよかった。もしもあのときあの場所へ留まっていたら、こうして再会できていなかったかもしれない。

 

 「それにしても……。この世界……」

 

 ミキの言葉を聞き、コウは意識を外側へと向ける。

 

 そこは、何もかもが金で出来ている世界だった。

 

 金色の草花、金色の土、金色の山、金色の川……。目に入る全ての物が金色でできており、明るくピカピカと輝いている。

 

 ミキがしゃがみこんで、目の前の金色の花を観察する。コウも同じようにしゃがむ。ミキが懐にしまっていた杖を取り出し、杖先で花の花弁をツンツンと軽く突く。その拍子に花はゆるりゆるりと揺れる。花弁も茎も葉もピンと伸び、自己主張をするその様は外の世界の花と何ら違いはないようだ。金色という点以外は。

 

 「お花だね……」ミキはそう言い、自身の杖を仕舞う。

 

 コウはふと、天を仰いだ。

 この世界の空も雲も太陽も全て金色に輝いている。まさか、空や太陽までもが金でできているとは思ってもみなかった。

 

 そして、天を仰いでいた顔を地面に向け、その土に手を触れる。

 土の感触は、外の世界の土と同じくジャリジャリとしている。だが、物質その物が金に近い。金の鑑定はできないが、手から伝わる感覚からわかる。これは間違いなく”金”そのものだ。土に金色の絵の具を塗ったわけでも、金粉をまぶしたわけでもない。まさしく”金”だ。

 

 外の世界ではとても貴重で高価な金が、この世界には山ほどある。いや、腐るほどあると言ったほうがいいだろう。

 

 コウは、金鉱山にいる鉱員を思い浮かべる。

 鉱員は毎日、金を採るために山へ入る。たった数グラムの金のために、命の危険をおかしてでも、だ。もしも鉱員たちが、この光景を見たらどう思うだろうか。

 

 自分自身が鉱員ならば、自分の仕事って何なのだろう? と打ちひしがれてしまいそうだ、とコウはそう思った。

 

 そうれにしても、これだけ金でできているとさすがに眩しい。目を休めたいと思っても、どこを見てもピカピカしている。ほんの少量なら美しく見えるが、これだけ何もかも金だと何もかもが嫌になってくる。そのうえ眩しいとなれば、鬱陶しい。

 

 門の塔へ入る前、ダミアンさんの店でサングラスを勧められたが、買っておくんだった、とコウはこのとき初めて後悔したのだった。

 

 ここでコウは、ふと門番の言っていたことを思い出す。「欲は人を狂わせる」というあの言葉だ。

 

 金の門へ入る前の人々の動向や、この金だけで出来た世界を見ると、門番の話も頷ける。コウが今立っているこの場所の砂や草花を拾い集め、外の世界へ持って帰り、金を換金してくれるような店へ持って行けば、それこそたった数時間で億万長者になれるはずだ。そのためなら他人を押しのけてでもこの門の中へ入りたかったのだろう。

 

 たった数時間で一生遊んで暮らせるほどの金銭が手に入るのなら、コウでも同じことをするだろう。だが、コウは攻略者だ。自身の母を見つけるためにこの門の塔へ入り、一つ一つ門へ入り地道に攻略している。今はお金なんてどうでもいい。そしてなにより、欲で狂ってしまうほど秩序やモラルが損なわれるくらいなら、金なんて一粒もいらない。

 

 こんな門なんてさっさとクリアしてしまおう。コウはそう思い、ミキに先へ進もうと申し出た。

 

 だが、このまま先へ進んだところで出口がすぐに見つかるわけでもなく、門番の言っていた言葉はヒントとも思えず、出口の手がかりから探さねばならない。

 

 まず、ミキが箒に乗ってどこに何があるのか目視で確認する。そのあと、方角の魔法を使って、どちら側に何があるのか把握する。この金の門では呪文の使用に制限はないようで、箒も方角の魔法もいつも通り使うことができた。

 

 北側には金でできた山、南側には金色に輝く海があることがわかった。

 

 目の前にある小川のほとりに座り込み、二人は山側と海側、どちらに進むか話し合いをした。

 

 「山側に行こうよ!」

 ミキは、何を根拠にそんなにも自信があるのかわからないが、元気にそう言う。

 

 「でも、海側に出口があるかもしれないよ?」

 「山側かもしれないじゃない」

 「そうだけど……」

 コウはそう言って思い迷い始めた。

 

 山側にも海側にも出口があるかもしれない。でも、両方ともないかもしれないし、片側にしかないのかもしれない。どちらが正解なのか、間違いなのか。できれば正解を一発で当てたい。出来る限りこの門から早く出たいので、ここで行く先を間違えて時間を無駄にしたくないのだ。

 

 悩んでいるコウを見てか、ミキは突然とんでもないことを口にする。

 

 「それじゃあさ、じゃんけんで決めない?」

 「じゃんけん!?」

 

 あの、手の形で勝ち負けを決めるゲームで、行く先を決めるというのか! とコウはとても驚き、聞き返してしまった。

 

 「あ、じゃんけんって知らない? アクドゥアとテルパーノではよくじゃんけんで決めるんだけど……」

 

 「じゃ、じゃんけんは知ってるよ。グー、チョキ、パーのあれだよね?」

 コウはそう聞き返しながら、右手で握りこぶしやブイサインを作って見せた。

 

 「そう! 私が勝ったら山側、コウが勝ったら海側でどう?」

 「「で、どう?」って、それで決めちゃってもいいの? もしどちらかにしか出口がなかったら戻らなきゃいけないよ?」

 「いいじゃん。戻れば。それも攻略の醍醐味みたいなものでしょ?」

 それもそうか、とコウは思い、じゃんけんで行き先を決めることに合意した。

 

 「それじゃ、「さいしょはグー」で始めるからね! 恨みっこなし!」とミキはそう言いながら一呼吸を置き、

 「さいしょはグー! じゃんけん、ぽん!」

 

 ミキの合図に合わせ、お互いグーを出して手を引っ込めたあと、ミキがチョキ、コウはパーを出した。

 

 「やったー! 私の勝ち!」ミキは2回ほどウサギのように飛び跳ねたあと、

 「じゃあ、山側に行こう!」

 

 じゃんけんで負けてしまったことは少しだけ悔しいが、山側へ行くことには不思議と抵抗を感じなかった。なぜだろう? とコウは少しだけ思ったが、じゃんけんで決めるというルールがあったからなのかもしれない、と自分の中で納得することにした。

 

 小川の傍にある道を山側へ向かって歩き始める。金ピカで眩しいこと以外は、特に何かあるわけではない。ただ散歩をしているような、平凡な日常のような感覚である。

 

 金色の空に昇った太陽は、これまた金色に輝きを放ち、この世界を陽気な雰囲気に彩る。

 

 コウはベストの右ポケットに入れている懐中時計を取り出した。

 

 時刻は、外の世界では人々が朝の支度をするために起き始めるくらいの時間帯だ。だが、この世界の太陽はコウたちの真上にある。外の世界より時間の経過が早いのか、太陽はずっと動かず固定されているのか、どちらなのだろう。どこをみても金色なため、時間の感覚がわかりづらい。この世界には時間という概念はあるのだろうか? 時間がわからない、わかりにくいからという意味でも”人を狂わせる”のかもしれない。

 

 コウはふと、自分たちが歩いている道の傍を流れる小川を見る。

 

 小川を流れる水は、この世界でもやはり金色だ。水まで金色だと、飲めるのだろうか? でも、飲んだ時はどうなるのだろう? ふつうの水と違い、味があるのだろうか? 口の中が金色の染まってしまうのではないか? そもそも水なのに金色ってどういうことだ?

 

 金色の水について考えていると、外の世界の”普通”とは全く違うので、頭の中が混乱してくる。

 

 そして、なんとなく金色の川の水を飲んでみたくもなった。

 

 だが、もしもこの世界の罠だったとしたら? それこそ、この水が毒だという可能性だってある。いや、ここは門の塔の中だ。飲んだ瞬間に、とんでもないことが起こる可能性だってある。例えば、体が小さくなったり、体が金色になってしまったり。コウの想像を遥かに超えるようなことだって、この門の塔では起こってしまうのだ。

 

 コウは色々と想像した結果、川の水を飲むのはやめておくことにした。

 

 小川沿いの道を歩き続け、道中で見かけた虫や小鳥の羽根など、色んな物が金でできていることに驚きつつ、景色は金色ばかりで、特に変化もなかった。

 

 以前の二人ならイライラとしたりしていたはずなのに、コウもミキもイライラとするどころか、この行く先に何があるのかワクワクとして楽しんですらいた。

 

 小川沿いの道はどんどん、山へ近づいて行き、次第に、金でできた木が等間隔で並ぶ林のような場所になっていく。

 

 金でできた木は広葉樹のようで、少し背の低い木で、妙に手入れがされている。この林を管理している人でもいるかのように、どの木も整っている。

 

 その金の木をよく見ると、いくつか金色に輝くこぶし大ほどの大きさの実をたくさん実らせている。金色の実ななんとなくリンゴにも似ているが、表面がブツブツとしていて、ミカンにも似ている。リンゴとミカンを混ぜ合わせたような果実だ。

 

 二人が見つけた金の木と同じような木がいくつか植えられている。どうやらここは果樹園のようになっているらしい。

 

 でも、この世界には人が住んでいる様子はない。誰が何のために、この果樹園のような場所を作っているのか。どこかの外の風景をそのまま再現しているだけで、人はいないのだろうか。不思議と手入れされているのも、人の手なのか魔法なのか……。

 

 何もかもがわからないまま、二人は果樹園へと入っていく。

 

 少し奥へ進むと、ある物が目に入った。それは、人の形をした黄金像だった。

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