第16話 ありきたりな後ろ手のよくあるほ乳瓶
僕の脳内妄想の披歴のあとは、なぜか愛依の弁解タイムになっていた。
「わたし、昔からそうなの。何度も頼まれると『自分さえ我慢すればいいか』って考えちゃうの」
うん。なんか君はそういう感じの女の子。
押しに弱い、というか。いい子、というか。
「‥‥あ、でも信じて。わたし、まだ誰ともそういうことしたことないよ。キスもないし、手を握ったのも、さっきのが初めてなんだから。暖斗くんのえっちな妄想みたいに、そうなったりなんかしないんだからね?」
そして、天然。
僕はさすがに、そこまでは言ってないよ。
僕は、少し冷静になっていた。不思議な夜の魔法は解けかけていた。
確かに、愛依と密着できるんだったら、すごい役得なんだけども。
愛依は、本家若様の嫁候補なんだ。
僕とここでこんなことしてるのって、ヤバくない? ダメだよね。
そう考えたら、このまま続けるのも、ちょっとどうかと思った。
愛依も納得した。
あとは本家で色々調べて、結果が出ればいい。それだけ。
「もう5時だ。病室に帰らないと」
「うん。でもまだ7時までは大丈夫よ」
「そっか。じゃ、がんばってね。本家の調査。お母さんと行くんでしょ? 大丈夫だとは思うけど、相談には乗るからさ」
エールを送るつもりで言ったんだけど?
「‥‥‥‥本家に‥‥‥‥」
授乳室の出口まで行った愛依の足が、ぴたりと止まった。
「‥‥‥‥暖斗くん‥‥‥‥わたし」
涙声だった。振り返った愛依が駆け寄ってくる。
「やっぱり行きたくない‥‥」
そんなに嫌だったんだ。本家の調査。それを必死に心の奥に押しこめてたんだ。
だったら、愛依の行動も合点がいく。本家に行って色々調べられたりして、すごい能力が見つかってしまったら、それこそ色々協力しなきゃならないし、縁談も断りにくくなる。
泣き崩れるかたちで、彼女は僕の上にゆっくり降りてきた。
またあのぬくもりと甘い香りが、僕の元へと帰ってきた。
一回目と違うこと。
僕は立って、愛依をそおっと抱きしめた。可哀想な愛依を。無力な中二の僕が。
***
あれから。
数日が経っていた。僕らは退院していた。
愛依の件、本家へは。
「当人の精神的な不調。魔物に捕縛され、拉致されそうになった事案により、PTSDの発症を疑う所見あり」って報告がされているみたいだ。
そういえば愛依の家は医院だった。だからこういうのも彼女のお母さん、本物の医者が診断書を書いてるんだよね?
う~ん。診断書かぁ。学校行きたくない時に仮病で使いたい所存。
あ、そういうのは駄目だよね。悪用だよね、コレ。
という訳で、愛依の本家行きは延期になっている。僕としては、ともあれ一安心だ。
当日夕方、魔物が出た。この日は朝から魔物出現が頻発していて、みんな出払っていて。
なので僕に、出撃依頼が回ってきた。
僕は万全を期して迎え撃つ。
あれから愛依とは会ってなかった。まあ体調不良で本家に行けないのに、僕と会ったりしてたらマズイよね?
メールはしていて、元気そうなのは確認している。PTSDってのも仮病か? って疑うくらい。
それで、愛依の無事はいいことなんだけど。逆に僕が。
「ほら~元気だせ。この頃魔物の攻撃も強まってるんだからさ」
「わかってるよ。ちゃんとやってるって!」
今日は麻妃が、戦闘のサポートに入っていた。彼女の一族は、結界とか補助系の能力だ。
「‥‥それが‥‥上手くいかないんだ!」
先ほどから「退魔の光柱」を発動させようとしていた。でも。
何故だ。急に、突然。‥‥‥‥上手くいかない。
そもそも、意識を集中するだけで発動したこの能力。逆に出来なくなっても、原因もわからない。
ピンチになって集中できないのか? あるいは‥‥‥‥?
なんか頭の中に、あのシーンがよぎる。
愛依が魔物に連れ去られそうになった、あのシーンだ。
あれを思い出すたびに、何故か冷や汗が出てくるんだ。
あれ? PTSDって、実は僕の方じゃ?
巨大な狼のような魔物が迫る。麻妃の結界を割られた僕は、万事休すだった。
「戦って!」
その時、戦場に、澄んだ声。
「ごめんなさい! わたしも戦う!」
愛依だ。
KEEP OUTの線の向こうで、叫んでいた。自衛隊の人が駆け寄って、慌てて彼女を押し戻す。
「暖斗くん!!」
はっと我に返って、敵の攻撃を躱す。麻妃が結界を張り直してくれた。
「‥‥愛依!」
「ごめん。暖斗くん。心配しないで。わたしはもう大丈夫! 魔物なんて怖くないよ? だって暖斗くんが、絶対にわたしを守ってくれるんだもん!!」
「君! 下がって!」
迷彩服の人だかりの向こうで、あの白セーラーが揺れていた。
ああ、そうか。そうだったんだ。
「あなたが戦ってくれたから、わたしは無事だったんだよ。ありがとう! 暖斗くんっ‥‥!」
僕と、この娘とは、合わせ鏡だったんだ。
癒しの法力の能力者、と。
退魔の法力の能力者。
僕らは、ふたりで立ち向かったからこそ。
お互いを大切に想ったからこそ、奇跡のようなことが起こせたんだ。
実感する。きっとそうだ。
「わたしは、暖斗くんを信じる。がんばって!」
正直自分が恥ずかしかった。僕はまだガキだったんだ。
彼女の運命を背負う、覚悟が出来て無かった。
僕には、君が不可欠なんだ。守り抜くよ。たとえこの身がどうなっても。
そんなこと、どうだっていいんだっ!!
僕は右手を天に掲げる。
「うわ。光柱でっけえ。暖斗くんやっべ~な」
麻妃とふたりで対処しろ、と言われた魔物。最初に倒したヤツより、2倍くらいは強かったんだけど。
解放した僕の能力、規格外の光柱の前に、あっという間に千切れ飛んだ。
その日の、夜。
医務室。また僕のスマホに、例の警報音が鳴る。
僕はまた、「授乳室」で寝込んでいた。さっきの戦闘で全力を出しすぎたようだ。愛依は療養中だし、さてどうしようかな? なんて考えていたら。
そこへと、ひょいっと現れるセーラー服に白衣の女子。
大きな目を輝かせた愛依が。
「‥‥どうしよう。出撃要請だよ? もう治さないと。‥‥コレ、いっちゃう?」
もじもじと上目づかいで、上半身を揺らしながら。
後ろ手に組んだ腕から見せた物は。
あの、ほ乳瓶、だった。




