第15話 ありきたりな男性脳のよくある妄想
「どうしたの? 暖斗くん、そんな顔して?」
我に返った。愛依の声で。
一秒前まで、本家の若様と愛依が、愛依が僕にやったみたいに首に巻きついて実験をする場面を考えていた。
暗い部屋でふたりきり。想いがあふれた若様と、それをいなしきれずに受け止めてしまった愛依は――――!?!?
「なんかスゴイ表情だったよ? 大丈夫?」
自分では「そんな顔」も「スゴイ表情」もどんなかはわからない。
でも、たぶんそんな顔してたんだろう。
「あっと。うん。大丈夫」
かろうじてこう答える。‥‥‥‥ちなみに僕の脳内の愛依は、全然大丈夫じゃなかった。
「‥‥‥‥ごめんなさい」
へ? なんで?
「‥‥やっぱり止めるね。‥‥こんなこと」
ええええ!?
ベッドに大の字の僕の上に、覆いかぶさるように彼女が乗っている。「止める」というのは、この「予行演習」のことだよ、な?
「だって。暖斗くん今、すごいイヤそうな顔してたから。目を見開いたり、眉をしかめて目を閉じたり。ごめんね。わたしが無理行ってこんなに、顔を近づけちゃったから」
「そ、そんなことはないよ!」
慌てて否定する。そうか。さっきはそんな顔してたか。
でも仕方ない。だって僕の脳内では、愛依がすごいことになってたんだから。
君が他の男に抱きしめられて、押し倒されたんだからそりゃ、思わず目を背けるよ。
その時の僕のひきつった顔を「自分が嫌われてる」って勘違いしてるのか。
「こんな夜中に来たのもごめんね。迷惑だったでしょ? 非常識だし『そういう素行の悪い子』だって思われるとは思ったの。‥‥でも‥‥暖斗くんが起きてるって知って、どうしてもお話したくて」
そうだった。愛依は、本家に行くのが不安だったんだ。
「ごめんねっ」
ハイソプラノの悲しい声とともに、愛依の身体が僕の上から離れた。
逃がさない。
僕の組んだ両腕が、彼女の背中をまあるく捕獲した。
「こっちこそ、ごめん。一瞬考えごとしてたんだ。えっと。全然イヤとかじゃない。そうじゃないよ」
身体を離したからこそわかる。ピンクの患者衣姿の愛依は、やわらかくていい匂いがしてた。
「教えて」
「え?」
「お風呂上がりのわたしが、大決意をしてこうした時、あなたは別のことを考えてたんでしょ? ‥‥何を?」
そうか。彼女からしたらそうなんだ。そんな状況だったのに僕が別のことを考えてた。
思考の「よそ見」をされてたとしたら、それはショックだよな。
僕の表情からそれを読み取ってたんだ。さすがは女の子、なのか。
「正直に言って。おねがい。わたし、暖斗くんが本心から言ってるかどうかは、なんとなくわかるの」
女子の直感恐い。
これは、素直に言ったほうがいいか?
え? でも待てよ。「若様と君がどうにかなるのを想像してショックを受けてた」とか、伝えていいのか!?
言ったらダメな案件な気がする。
と同時に、僕の中の何かが起動した。上手く表現できない。
ただ、スイッチが入った気がした。
その、僕の中で起動した新たな「ソレ」は僕に。
「その脳内のハナシ、その娘に伝えたらどんな顔をするか知りたくない?」
って語りかけてきた。そう言われたら‥‥。
いたずら心が、試してみたい気はする。
「えっと。じゃあ正直に全部話すよ。いい? 僕がそう望んだんじゃなくて、思わず想像して、脳内に浮かんじゃったことなんだ。だから、聞いたあと、予行演習の続きは止めたりしないって約束して欲しいんだ」
「あ、うん。わかるよ。何気なく、そういうこと考えちゃう時あるよね。‥‥‥‥よかった。誰か他の女のこと考えてるかと思って‥‥‥‥」
なんか彼女も、色々思惑してたんだな。
「大丈夫。約束する。だって『予行演習』はわたしからお願いしたんだもん」
純真な瞳で見られたのが、ちょっと申し訳ない。
「考えてたのは愛依のことだよ」
「えっ!?」
四つん這いのまま飛び上がる。浴衣型の患者衣が、ゆさん、と揺れた。
「うれしい!」
「あ、でも」
「なになに?」
10分前の僕だったら、ここで立ち止まっていただろう。
でも、不思議な夜だった。魔法がかかったみたいに、僕の歩みは止まらなかった。
「愛依が『えいっ』って言って『予行演習』が始まった時」
「うん。あの時、すっっっごく恥ずかしかったんだから」
「うわ。『予行演習』ってこんなことするのか? って考えちゃったんだ」
「え? 昼間河原でしたことだよ?」
「本家の若様と、だよ」
「‥‥‥‥えっ?」
愛依の、動揺した表情。追い詰められた小動物みたいな。
「君が、本家の若様と、これと同じことするんだ!? ってなった」
「そ、それは。でもそっか。暗い部屋でふたりきりだったら、それはそういうことに‥‥!」
「で、愛依が『だめよ』って言ったじゃん? 僕が手を動かそうとした時」
「うん。だって、男の人にそんなの」
「ごめん。実際の僕は止めたけど、僕の脳内の若様は止まらなかった。そのまま愛依を抱い‥‥こほん。こう、両手で捕まえて」
「‥‥わっ‥‥若様ってそんな人‥‥?」
「どうだろ? あくまで僕の想像だよ。僕だって話したこと無いし。でもあの時はその方向で考えちゃったんだ。愛依が心配だったから」
「たしかに‥‥暖斗くんが指摘してくれなかったら、部屋に若様とふたりっきりで実験してたかもだし」
「それで、若様は愛依を手放すことはなくて‥‥‥‥ええと」
「ちょっと待って? わたしどうなったの? 無事?」
「さすがにこの先は‥‥‥‥もう止めとくか」
「え~~。わたしは無事なの? 教えて」
「愛依はいい子だから。頼まれたら拒めない感じだから。その」
「ちゃんと拒むもん。拒むよ。信じておねがい」
「でも夜中に来てこうして、僕に抱きついたりしてるし。本家でもそういう感じで流されそうで。大丈夫かなこの子って」
「あなただけよ。あなただからよ。本当は本家なんて行きたくないもん。それでわたしはどうなったの? どうなったの!?」
今さらっとすごいカミングアウトがあった気がするけど、愛依の剣幕に押し切られた。
正直に言って良いものか? 答えを出す前に言わされてしまった。
「え~~~っと。拒否はしなかったな~」
「しなかったの?」
「愛依も抵抗してた感じなんだけど、それなりには、そのう」
「がんばれわたし! それなりじゃダメよ」
「最後は万策尽きた感じで‥‥もう‥‥その」
「ああ~。‥‥だめ? ‥‥けっこうもうあきらめた感じ?」
「いや、そこまでじゃないんだけど」
「もう好きにして、って感じ?」
「そういう感じではないんだけど」
「だめだったの?」
「まあ、その、いやぁどうだろ?」
「あ~~~~。やっぱりわたし、だめなんだ」
なんか本人が妙に納得してしまった。ちょっと僕がNTRな妄想をしただけだったハズだけど。
僕のベッドの上で、がっくりと肩を落とす愛依さんだった。
「わたし、昔からそうなの。何度も頼まれると『自分が我慢すればいいか』って思っちゃうの。‥‥あ、でも信じて。わたし、まだ誰ともそういうことしたことないからね?」
自己弁護? みたいな驚天動地のカミングアウトが来た。




