第13話 ありきたりな本家の嫁(候補)のよくある発案
「もし、わたしの法力に『法力を回復させる』チカラがあるなら、役立てなきゃダメだよね? 一族全体のために」
俯いた愛依さん。暗い室内。前髪で表情は見えない。
「‥‥もしイヤなら‥‥?」
「ダメだよ? わたしのわがままでそんなこと言えないもん。もしわたしに、法力回復とか、副作用症状の回復のチカラがあるなら、魔物との戦いがものすごく有利になるし‥‥」
うん。その通りなんだけど。
「愛依さん?」
僕のほうを向いた彼女の目には、光るものがあった。
室内はほの暗い。ライトの反射じゃないよな。
「イヤなの? じゃ‥‥」
「だから、イヤじゃないから。‥‥それよりも」
彼女は腰かけたベッドから立ち上がると、くるんと半回転してみせた。見上げた目が重なった。
「‥‥‥‥‥‥わたしのこと、『愛依』って呼んで」
「ええ?」
「‥‥いいじゃん。‥‥‥‥呼んでよ」
「きゅ、急だね」
うっかり親の前で「愛依さん」と言った時を思い出した。母親から詮索されたんだ。
あの時の気まずさは忘れてない。
「う~ん。どうしようかな‥‥」
「だめ?」
「う~~~~ん」
正直、駄目、ではないんだけど、う~ん。
何というか、気恥ずかしいというか。
あ、なんで愛依さんは、急にこんなこと言いだしたんだろ?
「今日ここに来たの、このお願いをするため、だったりしたんだけどな」
え? わざわざ? こんな夜中に?
う~~ん。それで彼女が納得するなら、別にそう呼んでも良いんだけど。
下の名前呼び、になんの意味が? それに。
下の名前呼び、「さん」付け無し、をしている女子は僕、いないからなあ。
‥‥‥‥あ、麻妃がいた。‥‥いや、アイツは例外か。
ぽすん。
悩んでいる僕の視界から、彼女が消えた。と一瞬思ったら、僕の横にまた座っていた。
え? 待って!?
近い。
さっきは、腰と腰が15センチは離れていた。けど、今はほぼゼロセンチだよ。
愛依さ~ん。近いよ~~。
いいのかな? これ。
自分の太ももあたりに、赤外線を感じる。この娘の体温だ。
「なんか、ち、近くない?」
と、うわずる僕に返した、愛依さんの言葉は、僕の内臓をえぐった。
「若様とわたしが法力回復の実験をするなら、たぶんこのくらいの距離かなって」
「!?!?」
一瞬意識が遠のく。そのくらいに動揺した。
「あ、え? そ、そうかな」
「そうだよ? だって首に抱きつかなきゃだもん。暖斗くんにそうしたみたいに」
「それで法力回復するのかな?」
「それを調べるんだよね。あ、それプラスわたしが泣きながら、じゃないとダメかな? 暖斗くんにそうしたみたいに」
「そ、そうだっけ?」
「うん。わたし泣いてたよ。それで成功したらすごいよね。本家の人が法力使い放題ってなったら火力押しできるもんね。さしずめわたしは法力のサブスク」
「‥‥‥‥うん」
「あ~~。どんな感じで抱きつけばいいのかな? やっぱりぎゅ~って密着したほうがいいのかな?」
「‥‥‥‥さあ?」
答えに窮した僕は、頭に浮かんだことを、脊椎反射で口にしてしまった。
「でも、どうせ本家に嫁ぐんだったなら‥‥」
「‥‥‥‥うん、そうね。そうかもね」
少し大仰に話してた愛依さんが、静かになった。
彼女は再び俯いて、僕はまた押し黙った。
殺風景な授乳室に、時計の音だけが聞こえていて。
確か愛依さんも言っていた。この令和の時代に、昔みたいな家同士の結婚なんてありえない。
だから、彼女が梅園本家、若様に嫁ぐ件も「本人の希望次第」になっている。
でも状況が変わってしまった。単に「退魔の血脈再統合」って名目だけじゃなくて。
愛依さんが持つかもしれない「治癒の法力の可能性」。
これで、梅園家は俄然愛依さんとの婚姻を進めたくなったハズだ。
しかも。
真面目な彼女は、断れない。
彼女の能力が確定されたら、魔物との戦いが一変する。脅威にさらされている日本国の命運、って言ったら言い過ぎか。
でもそんな重大なことだから、彼女は断らない。「だってまだ14歳だし、そんなこと‥‥」なんて言わないだろう。
本当に、いい子なんだ。
ここに来た愛依さんの本心はわからない。
僕の胸の疼きの通り「若様だったら嫁いでもいい」なんて思ってるかもしれない。
わからない。
でも今、腰と腰の距離1ミリ。うなだれた君の横顔を見て感じることはひとつ。
君は不安でいて、こんな夜中に僕を訪ねてきていること。裏返せば、「若様とのハグ、回復実験」に臨むことを見据えて、戸惑っているってことだ。
僕は、天井を見上げて深呼吸をする。
彼女の小ぶりな肩が、より小さく見えた。
「若様と君って、面識あったの?」
「ないよ。葬儀で逢うくらい。暖斗くんと同じ」
「じゃあ困るよね。いきなり結婚とか言われてもさあ」
「‥‥まあ、ないよね。普通なら」
「しかもその距離感で、『法力回復実験』かぁ」
「‥‥それもないよね。普通なら」
彼女が垂れた黒髪を、耳後ろにかきあげる。灯りに浮かぶ白い頬が見えた。
「でも君は断らない」
「断れないよ。だって大事なんだもん。みんな期待してるし、わたしひとりのわがままなんて」
「でも、こんな深夜に、僕の部屋に来てる‥‥!」
「それは‥‥」
僕の真実はここにある。
彼女のほうに向きなおって、膝上に置く彼女の両手に指を重ねた。
「‥‥‥‥不安だと思う。でも僕はいつでもOKだから、何か話したいことがあれば、いつでも相談に来て。でも君はいい子だから、もしかして無理して『実験』を受け入れようとしてるのかもしれない。もしそうなら、無理をしているのなら、僕は君の味方をする。一緒に声を上げるよ。ええと」
目を見てそこまで話したけど、意識してしまって、思わず下を向いてしまった。
「愛依さん‥‥じゃなくて‥‥‥‥えっと。‥‥‥‥え、愛依」
「‥‥‥‥‥‥うんっ」
輝くような笑顔だった。
刹那。
彼女の表情が変わった。
上気してる、っていえばいいのかな? 熱いお風呂に入りすぎて、のぼせたような赤い顔。
瞳は、潤ませながらも、微かに細めていた。
「今、暖斗くん。わたしのこと『いい子』って言ってくれた」
「‥‥うん。まあ」
「ありがとう。うれしい」
「そう?」
口もとを右手でそっと隠す。
「‥‥‥‥でもね、わたし。『いい子』じゃないかも。だって」
「いや、愛依さん‥‥っと。愛依はいい子だよ?」
「いいえ。だって、すごいこと思いついちゃったんだもん」
すごいこと!? 何!? ただならぬ気配で心臓が高鳴る。
「暖斗くんとなら、もう一回やってるからいいでしょう?」
「何が?」
「『回復実験』よ。いきなり他の男性とだと恥ずかしいから。だから、暖斗くん練習させて」
「‥‥‥‥‥‥‥‥はい?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥おねがいよ」




