待ち構える運命
よく考えれば、カトリーヌは俺にも近づいてきたことがあった。試験の前に、組もうと提案されて俺は断ったのだ。俺は何も考えず白騎士を勧めてしまったが――あれは間違いだったのかもしれない。
そのことを思い出していれば、カトリーヌはそれに気づいたのか、つまらなそうに鼻で笑った。
「エーベルト、あなたと組めれば国王の情報も――魔灯の情報も手に入ると思った。――でも組むのは先を越されていたわ。そこの魔女にね。それに白騎士は王を崇拝しているだけで、なんの情報も持っていなかった」
睨まれたスノウベルは、今度はひるまなかった。彼女は黙って立ち上がり、冷たくカトリーヌを見据えている。
「宛てがはずれて残念ね。最初から知っていれば、あなたをカインに近づけさせやしなかったわ」
ぐっと、紫の瞳がカトリーヌを見下ろしている。この子、やっぱり根は強気なところがあるんだよなあ。自分が守られるというより、俺を守る気でいるらしい。そういう強かなところを、俺は好ましく思う。
とにかく、俺達は皆怒っていた。何も言えなくなってしまっているリナリアをよそに、マルセルはひどく目を吊り上げているし、スノウベルはもちろん、俺もカトリーヌを逃がすつもりはなかった。
「皆して大層な騒ぎね。私は誰を殺した訳でもないわ。そろそろ離してくれないかしら」
「よく言うぜ。ロディオをさんざん苦しめたくせに。スノウベルにも幻影を見せた」
俺は冷ややかに彼女を見下ろした。マルセルがつまらなそうに口を開く。
「リナリアは確かに騙されやすいお人好しだ。――それで? 彼女を傷つけて楽しかった?」
カトリーヌは歯がゆそうに眉を歪めた。彼女の視線はなお、スノウベルの手元に注がれている。俺達が邪魔なのだろう。ただカトリーヌは、魔灯が欲しくてたまらないのだ。一体なんのために?
「そこまでだ」
静かな足取りで、誰かが近づいてくる。コツコツと響く足音に、皆が振り返った。
「アルフレッド……」
俺は思わず、彼の名を呼んだ。王は静かな瞳をしている。何もかもを理解したという風体だった。実際、彼はたくさんのことを考えたのだろう。この場へやって来たということは、何かしらの覚悟を決めたからだろう。
俺はかつての主人を、じっと見据えた。
「俺を、捕まえに来たのか?」
「いいや」
王様の青い瞳が、ただわずかに細められた。
「全部、理解したんだ。……だから――だから話し合いに来た」
俺はその言葉に、はっとする。俺が吐いた言葉の意味を、この王様は理解したのだろうか。悩み抜いて、そうしてとうとう、歩む方向を定めたのだろうか。
「そんな目をするな、カイン。俺はまともだ」
言いながら彼は、わずかに青い目を細めた。
「カトリーヌの処分も後程考えよう。その前に俺は、言わねばならないことがある」
アルフレッドはそのまま歩みを進めると、すっと俺の横を通り過ぎ、まっすぐにスノウベルのところへ向かった。
ほんの一瞬、スノウベルは瞳を揺らしたが、魔灯を持ったまま、覚悟を決めたようにまっすぐ国王を見つめ返す。
「スノウベル」
アルフレッドは口を開いた。二人は魔灯に照らされ、綺麗に並んでいる。まるで絵本の結末のようだと、馬鹿な考えが一瞬俺の頭をよぎり、慌ててそれをかき消した。
とにかく、オレンジの光が辺り一面に反射して、それはそれは不思議な光景だった。俺がおかしな心配をするくらいには、何もかもが美しく瞬いていたのだ。
「スノウベル・メイアス――お前やカインを追いつめた。これはすべて俺の招いたことだ」
アルフレッドが、どこか申し訳なさそうに口を開いた。
「俺はお前を誤解していた」
「――ええ、そのようです」
王の言葉を受け、スノウベルは聡明な笑顔を浮かべてみせた。そこには嘲りも同情もなかった。ただ魔女として、あるべき姿で王を見据えている。
「陛下は、まだわたしを糾弾するのですか?」
「いいや」
アルフレッドは言った。
「一国の王として、再び魔女であるお前を迎え入れよう。だからどうか、俺の行いを赦してほしい」
スノウベルの、紫色の瞳が煌めいている。
「分かりました。――それではその証に、魔灯をお返ししましょう。これはわたしの手に余るものです」
ぎらりと、アルフレッドの瞳が光る。
なにか、嫌な予感がした。うまくいえないけれど、嫌な予感が。
魔灯を大切そうに受け取り、彼はじっとそれを眺めた。青い瞳の中にオレンジが入り混じり、ちらちらと燃えている。
俺ははっとする。
いつしか王は、歪な笑みを湛えていた。にやりと口の端を上げ――ああ、彼が――あいつがそんな顔をするものか。左手に魔灯を握りしめ、右手で剣を抜き放ち――彼は嗤った。
「ぬかったな、魔女め」
魔灯を反射してふりかざされた、おぞましく輝く鋭い刃。
俺は咄嗟に地面を蹴ったが、遅かった。
ぐさりと、剣は少女の胸を貫いた。俺のスノウベルの――愛するあの子の心臓を、運命通りに突き刺した。




