黒騎士と白騎士
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ごうごうと流れ落ちる滝。そこには確かに虹がかかっていた。曖昧で確かなそれは、水しぶきの中美しく輝いていた。
俺とマルセルは頷き合い、滝の後ろにある洞窟へと進んだのだ。
洞窟は暗く、それでもどこか神秘的な空気に満ちていた。スノウベルが言った、「魔女に伝わる話」とやらが、いよいよ真実味を帯びてくる。
「虹のふもとの洞窟の先」彼女はそう言った。
ロディオを助けた後、俺は彼に城へ行くよう頼み、マルセルと共に洞窟へ来たのだ。
ロディオには、アルフレッドに真実を伝えるように。マルセルには、俺の手助けをしてくれるように頼みこんで。俺は剣の腕にはそれなりに自信があるが、魔法はからっきしだ。
魔灯を探すために、スノウベルとリナリアは先にこの洞窟についているはずだ。俺達は彼らと合流するつもりだった。互いの情報をすり合わせ、魔灯を見つけ出す。魔灯を手に入れれば、敵もきっとやって来るはずだ。
洞窟の奥深くまで来たとき、マルセルがふと足を止めた。
「――魔力の気配がします」
彼の赤い瞳が鋭さを帯びる。赤みがかった金髪が、わずかに揺れた。俺にはそれが風のせいなのか、魔力のせいなのかは分からない。
「魔灯が近いってことか?」
「――分かりません。何もかもが混ざって――」
訝しむように目を細め、少年は告げた。
「誰かが魔法を使っています。――恐らくこの先に、リナリアとメイアス先輩がいる」
俺が視線を向ければ、マルセルはぐっと眉根を寄せ、こう続けた。
「なんだか荒々しい魔力だ――彼女達、誰かにはめられたのかも」
はっとして、俺は駆け出そうとする。
唐突に視界に白がよぎった。俺の脚を止めるように、ばさりとマントを翻し、誰かが立ちはだかったのだ。
長い髪をなびかせた白騎士は、当たり前のようにそこに立ち、氷のような目でこちらを見据えるのだった。
「――ノーティス」
俺は訳も分からず声を漏らしたが、やがて眉を吊り上げた。
「――なぜここに来た? 邪魔をしないでくれ」
「通す訳には行きません。陛下のご命令で、魔女の始末をしに来たのです」
俺ははく、と唇をうごかした。言い返そうとしたが、声も出なかったのだ。
「へい、――陛下が、アルフレッドが、スノウベルを殺せって? そう言ったのか?」
「私に命じたのです。あなたに用はありませんが――私の邪魔をするでしょうから、ここで引き返していただきます」
「まだそんなことを――!」
俺は目を吊り上げた。
「カトリーヌと組んでいたのか? お前も魔灯を探しに来たって?」
「魔灯?」
白騎士様はその麗しい眉根を寄せた。こいつはなんにも知らないのだ。
なにも知らず、ただ忠誠心のみでここまでやって来たのだろう。
その潔さには感服するしかない。――ああ、こいつはアルフレッドのことを、なんにも分かっちゃいないのだ。
アルフレッドが本当に魔女殺しなんてものを命じたなら――彼はとっくにおかしくなっている。俺の代わりに騎士になったのなら、ノーティスは彼を正しい道へ導くべきだった。
いや、そんなことを今更考えてもしょうがない。
俺は王の元を去り、魔女の騎士になったのだから。
今の俺は、スノウベルの味方だ。彼女を害する奴は赦さない。
「私はあなたの形跡を追ってきただけです。――どうやら魔女と合流しようとしているようですから――その前に足止めさせてもらいましょう」
はっ、と俺は笑った。
お前は忠実な騎士じゃない。ただの盲目な信者だ。だがあいにく、目を覚まさせてやる義理もない。この先にスノウベルがいる。彼女に危険が迫っているかもしれないのだ。
「そこをどけ、ノーティス。これは闘技場のお遊びじゃない。必要なら、俺はお前を切るぞ」
「もちろん覚悟の上です」
美しく、凍てつくような目でノーティスは微笑んだ。こいつ、命までも王に捧げるというのだろう。アルフレッドには重すぎる。
ああ、あの王はきっと悪い意味で感化されてしまったのだろう。むしゃくしゃして、やけくそになって、きっとおかしな命令を吐いたに違いない。――そうだろう、アルフレッド? そうだと言ってくれ。
じゃきりと剣が抜かれる音がした。
ヒュっと風の音が聞こえる。俺はすかさず剣を抜き、正面から刃を受け止めた。
「どうなっても、知らないぞ」
「そちらこそ」
ガキン、と重なる剣の音。
暗い洞窟の中で、奴の白いマントと、俺の黒いマントが翻る。
まさしく、俺達はあの日中断されてしまった、勝負の決着をつけようとしていた。そして傍には皮肉なことに、試合を止めてしまったマルセルがいるのだ。
「先輩、僕も手伝いま――」
「やめろ!」
俺は叫んだ。
「これは俺とノーティスの戦いだ。手を出すな!」
噛みつくように叫べば、びくりとマルセルが身を揺らす。
ああ、今の俺は獣のようだ。ノーティスが邪魔だ。マルセルの手助けを受ければ、もっと簡単に決着をつけられるだろう。
けれどこいつの見当違いな忠誠を、俺の剣で叩き切ってやりたかった。
思い切り踏み込む。この剣はスノウベルがくれたもの。ガラスでできているけれど、割れることもない魔女の剣。
思い切り振り下ろせば、がっちりと受け止められる。はじき返されたと思えば、頭上に白騎士の剣が輝いている。
「――先輩!」
マルセルの焦った声が聞える。
俺はすんでのところでそれを避ける。はじいて、かわして、受け止めて。
びっと、俺の頬をノーティスの剣が横切った。
ひりひりと痛む傷も、今は忘れてしまうほどに、俺は夢中になって剣を動かしていた。
いつの間にか頬から血が流れ、でも俺は、――ああ俺は、あの子のために戦うのだと思うと、全身が武者震いするようだった。
ぎし、と奥歯が鳴る。気づかずに歯を喰い閉めていた。ノーティスの目がぎらりとこちらを見据える。まるで軽蔑するような瞳。王を裏切った物への侮蔑の切っ先。
はは、と俺は笑った。頬から血を流しながら笑った。
お前は何を見ている、ノーティス。見当違いなお前の忠誠が、本当に正しいものなのか。
アルフレッドが何を求めているのか。証明してやろうじゃないか。
がっと突き出された剣を思い切りはじく。からん、と音がして、奴の剣は転がった。はっと目を見開いたノーティスの背後に、俺は素早く回り込む。
彼が驚いて振り向いた時には遅かった。俺は奴の首に、ガラスの剣をつきつけたのだ。
両者の動きが止まる。はっ、はっ、と白騎士は息を乱し、目を見開いて俺を見ていた。彼はもう動けない。一歩でも動いたらその首の皮が切れるだろう。転がった剣を拾うことは、この男にはもうできないのだ。
俺は肩で息をしながら、にやりと笑ってやった。
「俺の勝ちだ、ノーティス」
「っ、――裏切り者め、お前に何が――」
「よく言うぜ」
ぐっと、剣を押し付けてやれば、彼は悔しそうにこちらを見据えた。ああ、端正なお顔の白騎士様も、そんな顔をなされるのかと、俺は皮肉げに奴を見た。
とにかく、疲れていたのだ。それに邪魔をされて苛立っていたし、何より奴の言葉が俺の中の何かを燃え上がらせていた。
「スノウベルを殺すと言ったな」
「…………」
「仮にも同じ学園の生徒だろう。俺を裏切り者だと言うなら、お前は一体、俺と何が違う?」
「なにを――」
かっと、奴の目が燃え上がる。どうやらこの男も、また胸に激情を秘めているらしい。それは王への忠誠や騎士団への憧れ、幼い頃からの努力もろもろだろう。
俺だって努力はしてきた。
ただこいつは、剣を向ける方向を間違えただけだ。アルフレッドに仕えたいなら、そうすればいい。俺はもう魔女の騎士なのだから。
ただ俺の魔女を傷つけると言うのなら、俺とお前は敵になるというだけだ。
「ここはお前の踏み入る場所じゃない。邪魔をする場所でもない。白騎士様は大人しく、あいつの元に帰ればいいんだ。――アルフレッドの傍には、誰かがいてやらなきゃいけないんだから」
俺だってもう、それ以上言う資格はないと分かっていた。
この生真面目すぎる男を殺す気にも、もうなれなかった。
ゆっくり剣を引けば、彼はこちらを睨みつけたまま、静かに自らの剣を拾い、息をついた。
まだ燃え盛るような目をしている白騎士を、俺は冷たく見返してやる。
「帰れよ。俺達の邪魔をするな」
彼は何か言いたそうな目をしていたが――やがて自分の立場を受け止めたのか、剣を鞘に収めると、黙ってどこかへ立ち去って行った。




