スノウベルと虹の滝
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ひたり、ひたりと暗い洞窟の中を雫が落ちている。その音が静かにこだまして、まるで誰もいない不思議な世界のようだった。
唯一響くのは、わたしとリナリアの足音だけだ。
虹のかかる滝は森の奥あった。母に教わった通りに。本に書かれていた通りに。
その滝の裏にある洞窟へと、わたし達は入り込んだのだ。
虹のふもととはよく言ったものだ。魔女に伝わる言葉は、古めかしくて、でもなんだか懐かしさをおぼえるやさしいものだ。
「魔灯ってどんな物なの?」
リナリアが問うてくる。「最終エンドまでやっておけば良かった」とよく分からないことを呟いている辺り、彼女なりに考えているのだろう。
「どんな形をしているのか、わたしにも分からないわ。大きいのかも小さいのかも。ただ強力な魔力の塊よ。使いようになっては破壊兵器になるって聞いたわ」
「だから王様は壊そうとしたんだね」
リナリアは分からないなりに納得してくれたようだ。明るい足音を立てているが、彼女も色々思うところがあるのだろう。時折その瞳に、底知れない何かが宿るのをわたしは知っている。
彼女は時折、何かを恐れているように見えた。
「――なにが怖いの?」
思わず、そう聞いてしまう。聞いてから後悔した。
リナリアが珍しく、とても困ったような顔でこちらを見ていたからだ。
「…………」
黙り込んだ彼女に、わたしは申し訳なくなって告げた。
「いいの。忘れてちょうだい。馬鹿な質問だったわ」
「わたしはね」
リナリアはふと顔を上げ、その瞳でまっすぐにこちらを射抜いた。
「アルフレッドが怖かった。運命が怖かった。この世界の何もかもが」
ふと切ない瞳になって、彼女はまっすぐにこちらを見据えるのだ。
「――でもね、一番はスノウベル。あなたを恐れてたの」
「わたし?」
なんだか悲しくなって、わたしはじっと彼女を見つめ返した。
「魔女だから?」
「そうかもしれない。――ううん、もっと複雑な話なの」
瞬きするわたしに、リナリアは元気づけるように微笑んでみせた。
「でもね、もう怖くないよ。あなたはわたしの大切な友達」
「そ……そうよ!」
懸命に、わたしは口を開く。リナリアがわたしを恐れる理由は、きっととても深いところにあるのだ。けれども恐れる必要なんてない。
わたしは彼女の友達だ。友達を傷つけたくなんてない。それをどうにか伝えたかった。
「わたしはあなたを傷つけやしないわ。信じて」
「もちろん」
リナリアは、少しだけ泣きそうに見えた。笑っているのに瞳は滲んでいて、とても複雑な人なのだと分かった。
「ありがとうスノウベル。酷いことを言ってごめんね」
わたしが首をふると、彼女はどこか安心したように再び歩き出す。
その唇が、前を向いたまま再び開かれたようだった。
「スノウベルは、怖くないの」
どこからか風の音が聞こえる。奥に通路があるのかもしれない。
ひゅうひゅうと、誰かが呼んでいるようにも聞こえる。魔女にだけ聞こえる、懐かしい謡のように。絵本の中で読んだことがある。魔女は恐ろしい存在で、彼女たちにしか聞こえない歌やおぞましい魔法を使うのだと。
「わたしの母はね、どうやら陛下の――前王の部下に殺されたらしいの」
わたしが言うと、リナリアがかすかに振り返った。その瞳に宿っているのが同情ではなく、労わりだとわたしは悟る。
「近年知ったことよ。何年も前にお父様が亡くなって、遺品を整理していた時、たまたま知ったの」
そう、わたしはたまたま知ってしまった。母は弾圧にあったのだ。それもそのはず、かつての魔女は王と敵対していた。どちらが悪いとも言えない。王家の者達は魔女を恐れて殺し、魔女たちは復讐に騎士達を殺そうとしたという。
どちらが始めたのかは知らないし、知っても何の意味もない。ただ、母は何もしていない。魔女だというだけで殺されたのだ。そしてわたしは、復讐をする動機がある。
「だから彼が――アルフレッドがわたしを疑うのも分かる」
国王となったアルフレッドは、わたしが前王を殺したと信じている。疑う理由が、分からない訳ではない。でもわたしも――死んでしまった母も、ただ争いに巻き込まれただけなのだ。
「ただ一つ言えるわ――わたしはやってない」
動機があっても、理由があっても――わたしは母の復讐をしたいなどと思わない。
わたしが動けば、また魔女狩りが始まるだろう。まだ他に生きているかも分からない魔女を、草の根を掻き分けるようにして、人々は探し始める。
もう終わったはずのすべてが、またすべて動き出す。そんな愚策をわたしは選ばない。
母の死を無駄になんてしない。もう悲しみは生ませない。
「わたしは王を殺してなんていない。カインの友達を――その家族を傷つけるなんて、絶対にしない」
リナリアの瞳は澄んでいた。ただ何も言わずにじっとこちらを見つめて来るけれど、それだけで、わたしは彼女が味方であるのだと分かった。
「怖いけど、逃げたらおしまいだわ。ただ無実を証明したいの。そのためにもわたしは進まなきゃ」
「うん」
リナリアが目を細め、どこか嬉しそうに、かすかに泣きそうに微笑んだ。
「うん、そうだね。スノウベル」




