アルフレッドの目覚め
それは、唐突だった。
「アルフレッド!」
確かな、忘れられない声音で、あの人が俺を呼んだ。
遥か彼方で父が振り向き、俺を再び呼んでいる。彼は俺に気づいたのだ。その事実に、俺の瞳は揺らいだ。もうとにかく、父の傍にもう一度行かなければと、そんな衝動に駆られてしまったのだ。思わず駆け出し、草原を走って行く。目の前にある邪魔な岩を乗り越え、そのまま進もうとした時、何かが俺の手を掴んだ。
「陛下!!」
ロディオだ。全身汗だくの彼は、なんだか懐かしい、強い強い瞳で俺を見上げた。
「僕です!! 戻って来たんです!! お願いだから、あなたも戻ってきてください!!」
握られた手の力に、はっと我に返る。
途端に空も草原も消えていき、ああ、遥か彼方にいた父も歪んでいく。そうして絵の具が混じり合うようにして、やがてすべては掻き消えてしまった。
後に残ったのは、いつもと変わらない俺の部屋だ。見飽きたつまらない壁に床。そうして俺は、自分が脚をかけているのが、窓枠だと気づいた。
「っ」
ぞっとして後ずさる。ロディオは横で、ぜえはあと息を切らしていた。
「間に合った。良かった……」
「ロディオ……?」
いつもと違う。様子がおかしい。
いや、何かが分かりかけて来たような気がした。俺は――これは一体。
「あなたの傍にいたのは、偽物の僕です」
ロディオは言った。
「それで、あいつ――あいつが、あなたに幻を」
女を映す彼の瞳に、かすかに恐怖が宿っている。ああ、そういえば昔からこういう奴だったかもしれない。どちらかといえば怖がりなのに、誰かの危機には自ら駆けつけようとする、ロディオはそんな健気で不器用な奴だった。
「あらロディオ。どうやって逃げ出したのかしら?」
「で、出て行け。陛下に手を出すな」
「もう一度夢を見せてあげましょうか。あの夢は素敵だったでしょう?」
「っ……」
ロディオの瞳に影が差す。一体何をされたのか知らないが、彼がこの女を恐れていることに変わりはない。ここは主としてしっかりしなければと、俺は思い直す。
すかさず壁に立てかけていた剣をとり、カトリーヌとかいう、喰えない女に突き付けた。
「お前たちは一体何者だ? さっきまでいた偽物はどこだ?」
「彼はもう行ってしまったわ」
カトリーヌは目を細めて微笑んだ。後ずさるロディオの前に立ちはだかり、俺はひたりと女を見据える。なんだか目が覚めた気分だった。
「魔灯について尋ねて来たな。目的はなんだ?」
「あなたに教える必要はないわ」
カトリーヌはふっと口の端を上げた。その琥珀の瞳が、どこか忌々しそうにこちらを見る。
「あなたを堕とせれば一番良かったのだけれど――残念。次の手に移らなくてはね」
言うなり、何かを口の中で唱えた。呪文だ。
一陣の風が吹く。俺が駆け寄ろうとした瞬間、カトリーヌは嘘のように消え去っていた。
――ああ、くそ。こんな奴らに騙されていたなんて。それにロディオは……!
「おい、お前傷だらけに見えるが。大丈夫か」
ロディオを振り返り声を掛ければ、彼はかすかに瞳を揺らがせた。けれどもしっかりとこちらを見据え、はっきりとした声で告げた。
「僕はいいんです。もう城へ戻って来られたから――問題はカインです。陛下、……彼はスノウベルと合流すると言っていました。彼女たちはどこですか」
はっと、俺は目を見開いた。
「俺は――あの子を」
なんてことだ。騙された上に、激情に駆られて。
俺はなんと言った。忠誠を誓ったあの白騎士に命じたはずだ。
魔女を殺せと。
生真面目な白騎士は――ノーティスは彼女を殺しに行くだろう。
俺は止めなければならない。何もかもが手遅れになる前に。
俺が騙されたことがすべての原因だ。友人を陥れるなんて、そんな卑怯な王がいてはならない。
「行かなければ」
「どこへ」
「俺は――俺は魔灯の在処を知っている。カトリーヌは知らないみたいだった」
「ええ」
かすかに疲れたように、ロディオは微笑んだ。
「お前の偽物のもそうだ。二度も聞いてくるからおかしいと思ったんだ。あいつらが目星を付ける前に、魔灯の隠し場所に行く。お前はただ、城で待っていてくれればいい。――留守を頼む」
「はい」
傷だらけのロディオが、確かな瞳で頷く。
となれば、俺はもう行くしかない。
カインに絶望されてしまう前に。スノウベルが殺されてしまう前に。
あの遠い場所へ間に合うだろうか。いや、とにかく進まねば。
剣を鞘に差し、俺は部屋を飛び出した。




