アルフレッドと幻影
*
俺はむしゃくしゃしていた。
感情のまま、ノーティスに命令したことを、酷く後悔していた。
俺の大切な何もかもが――父が、カインが、リナリアが俺を捨て――俺に残されたのは偽りだけだった。
どこか歪んでしまったロディオ、それに白騎士ノーティス。
ああ、ノーティスの忠誠は本物だっただろう。だからこそその従順さが、過ぎた敬意が俺を苛立たせた。
なんでもしてみせる、命さえ捧げると謳った彼に、ならばと俺は告げたのだ。
「魔女を殺せ」と
今更になって、視界がぐらついてくる。
世界のすべてから切り離されたくて、父を失った痛みはあまりに激しくて、なにもかも忘れてしまいたいほどだった。
扉を固く閉ざし、必要なことだけ命令を下し、一人で部屋に閉じこもっていた。
それでも来客は来るのだ。
誰も入るなと言ったのに、コツコツと扉は叩かれる。
「陛下。紅茶をお持ちしました」
ロディオだ。あいつは気遣うような表情をしながらも、底の知れない眼差しをしている。子どもの頃は純粋なやつだったはずなのに、今の彼はまるで知らない他人のようだ。
「無言は肯定と受け取りますよ。失礼、入ります」
俺がちらりと目をやれば、彼はやっぱり澄ました顔で立っているのだった。紅茶は美しい緋色で、さざ波も立っていない。彼はなんというか、完璧な人間のように見えた。そんなロディオが、俺はいつの間にか苦手になっていた。
「何もいらない。出て行けと言わなかったか」
「せめて何か口にしないと。それに辛い時こそ、話し相手は必要です」
俺が睨みつけ、口を開こうとした時、彼の後ろから一人の女性が現れた。
灰色の髪に、琥珀色の目をした、なんというか落ち着いた雰囲気の相手だ。だがその瞳はロディオとよく似た、そこの知れない何かを孕んでいるようだった。
ロディオはまことしやかに言うのだった。
「陛下。私では相手が務まらないようですので、お心を慰めるためにこちらの女性をお呼びしました」
「カトリーヌ・バレットです」
にこりと微笑む彼女を、どこかで見たような気がした。確か三年生の魔法科にいた奴だ。試験の時ノーティスと組んでいた。なぜ彼女が。
俺が意味が分からずに眺めていると、ロディオはふっと微笑んで扉の向こうへ去って行った。訳が分からない。
近づいてくる女は――カトリーヌは、静かな微笑みを湛えていた。
「陛下。あなたは心労にさいなまれているのでしょう。私が癒してさしあげます。懐かしい思い出や夢を、見たくはありませんか?」
「なんだ、――なんの話をしているんだ」
俺ははっと、馬鹿にしたように笑ってみせたが、次の瞬間部屋の光景ががらりと変わったことに気づき、愕然とした。
辺りは美しい草原だ。部屋も窓も床もなくなって、ところどころに突き出した岩があるのみだ。
その向こうに、俺は懐かしい姿を見つけた。馬に乗った父が、かつての王が、遠い遥か先を歩いているのだった。
「……! 父上!」
俺は叫ぶ。あの聡明で偉大な父は、息子のことをあまり顧みなかった。それで良かった。だって彼は立派な国王であったから。でも今一度、俺の声が届いてほしいと願った。
「父上!」
彼は振り返らない。俺はまた口を開こうとして、はたと隣に誰かの気配を感じた。
「あれは幻なのです」
カトリーヌの、灰色の長い髪が風に揺れていた。どこか幽霊のように立つ彼女は、妖しく笑って続けた。
「あれはただの夢。でもある物があれば、本物にできる」
俺は目を細めた。
「お前はさっきから、一体何の話をしている。――父上を取り戻せる方法があるのか?」
穴があくほど眺めれば、やがて琥珀色の瞳が、蜜を垂らすように細められた。
「魔灯」
さやさやと、一面の草が揺れている。彼女は微笑んで言うのだった。
「魔灯は巨大な魔力の塊と言えます。あれがあれば、蘇生の魔法さえ可能となるかもしれません」
風にまじって謳うように、彼女は告げる。俺は一瞬言葉を失ったが、すぐに正気を取り戻し、首を振った。
「あれはもう隠したんだ。父はあれを砕くつもりだった。人間が使うには危険な代物だ」
「あなたもそれを砕くと?」
じっとこちらを覗き込まれる。まるで責めるような瞳だ。だが死者を蘇らせることは禁忌である。俺はクランの王になったのだから、父の意志を継がねばならない。
「魔灯は危険すぎる。第一隠し場所はロディオにしか教えていない。用がないなら帰ってくれ」
「そうですか」
そっと、カトリーヌの瞳が細められる。




