魔法使いの根城
マルセルと共にさっさと広間を歩いて行けば、案の定というか、やはり一人の男に声を掛けられた。
「なんだお前達、協会の者ではないな」
暗いローブをまとった男が、俺と少年を呼び止める。
「最近物騒ですからね、視察に来たんです」
俺が適当に出まかせを言うと、マルセルも頷いた。
「僕は知り合いに会いに来ました。この際に彼にも顔見せをと」
「視察? 知り合い?」
男が訝しげな顔で見据えてくる。俺はまた口を挟みそうになったが、余計なことを言って事態をややこしくしても仕方がないと、様子を伺うことにした。
それにしたって、この警戒用だ。やっぱり何か隠してるんじゃないのかと勘ぐってしまう。
「そっちの小さいのはまだ分かる。どう見ても魔法使いの端くれだ。だがここに居る賢人は皆それなりの年数を生きた者ばかり。お前の遊び相手などここにはいないはずだ」
むっと、マルセルが眉をひそめる。ああああ、そんな睨むなって。敵意を丸出しにするのはよくないぞ。
「それからそっちの黒いお前、視察がどうとか言ったが、王室は今それどころではないはずだが。魔女探しに躍起になって――そういえば黒い騎士が魔女を隠しているとか聞いたな、
もしや――」
これはまずい。俺は迷った挙句、マントの下で隠して剣の柄に手をかけた。抜くつもりがあったが、もしも最悪の事態になったら。
「おお、マルセルではないか」
その声に、はっとマルセルが振り返る。俺もつられて後ろを見た。
そこには「魔法使いです」と言わんばかりの、白く長いひげをたくわえた老人が、白いローブをひきずって歩いてくるところだった。
「師匠……! なぜここに?」
マルセルが瞳を一瞬煌めかせる。ああ、こんな表情も出来たのかと俺は思った。
「なに、魔灯の文献を探しに来たのだよ。最近王室が騒がしいからな」
魔灯。その言葉に、俺はわずかに瞳を鋭くさせた。けれどもじいさんはこっちを見て、優しそうに目を細めただけだ。なんだか毒気が抜かれてしまう。
「マルセル。彼はお前の友人かい?」
「えっ、あ、友……先輩です」
「そうかそうか」
にこにこと老人が微笑む。
「マルセルを宜しく頼む。この子は口は悪いが――」
「やめて下さい! 今はそんな話――」
なんだなんだ、俺は何を見せられているんだと思いながら眺めていると、じいさんは黒いローブの男に向き直り、にっこりと貫禄のある笑みで口を開いた。
「彼らは私の弟子と、その友人だ。上に行く許可は私が出そう。口出しは無用だ。良いな?」
男はわずかに目を見開き、黙って頷いた。
マルセルは師匠らしき老人に礼を告げると、当たり前のように上へと続く階段へ向かおうとする。俺が後に続こうとすれば、不意に老人が歩み寄ってきた。
言葉を失くす俺の前で、笑みを崩した老人は、まっすぐな目で俺を見た。そうして俺だけに聞こえる声でささやいた。
「誰かが奥の部屋に結界を張っている。私は警戒されて近寄れないのだ。――何が隠されているか、確かめるといい」
そのまま、また元の笑みに戻って、暗いローブの男に近づくと、ばんばんと背中を叩いて微笑みながら言ってしまう。
俺は一瞬呆気にとられていたが、慌てて螺旋階段へと駆け出した。
果たして、老人の言った通りだった。
螺旋階段を登っていくと、別の広間やそこから続くいくつもの通路が目に入った。下の階に比べて人が非常に少ないのは、それだけ入ることが難しい場所だからだろう。マルセルは人気がないのを見てとると、広間を遠慮なくつっきり、最終的に一つの扉の前で足を止めた。
「ここだけ、強固な結界が張られています。他にも泥棒除けなどで張られていますが――ここは違う。ずっと強固だ」
マルセルは目を細めた。かすかにその瞳が揺れたのが見えた。
「魔法の類が、リナリアのものと、似ている」
「――リナリア?」
彼の瞳が揺れたのはその一瞬だけで、少年の目はすぐに元の鋭さを取り戻した。
「僕が結界を壊し、入り口の見張りをしています。その間に先輩が入って、中の物を確かめて来てください」
「お、先輩に指図するのか? ――まあいいさ。やるよ」
俺は人の良い奴だし、まあ魔法も使えないので、この後輩の言う事は最もだと思った。頷いて見せれば、マルセルは不意に呪文を唱え始める。
「少し、下がっていてください」
俺が言う通り、一歩下がって様子を眺めていると、彼の周りに一陣の風が吹いたように見えた。不思議な色の光が扉と彼から放たれている。ワインレッドのマントがばたばたと揺れ、ついにはぱきん、と音がして、扉の結界が壊れたようだった。
「……これでよし」
彼が息をついた。今度は俺の番だ。
「見張り、頼むぞ」
「はい。何かあったら呼んでください」
真剣な赤い瞳が俺を見返す。俺もじっと彼を見つめ返すと、前を向いて暗い部屋の中へ入って行った。どういう訳だか、下へと向かう階段が続いている。この塔自体の構造がおかしいのか、ここが魔法で出来ているからかは分からないが、それにしてもおかしな話だ。
辺りは真っ暗で、壁は酷くさびついている。ぐるりと続く階段を進んで行けば、もうあの扉の光も見えない。コツリ、コツリ、俺の足音が辺りに響き渡る。
そしてようやく、少し開けた場所に辿り着いた。
かしゃりと鎖のような音がする。真っ暗な中、誰かが座り込んでいるのが見えた。
暗闇に呑まれそうな男の顔を見て、俺はハッと目を見開いた。




