聖ドルムト協会
マルセルが頷く横で、俺はわずかに眉をひそめる。
「目星……?」
「魔女に伝わる知恵があるの。いつのことだか覚えていないけれど、わたしもきっと、亡くなった母から教わったんだわ。大切なものは虹のふもと、洞窟の奥深くに隠せってね。――本で調べてみたこともあるのよ。西の森の奥に、虹ができる滝があるの。その近くに洞窟があるそうよ。恐らく大きな魔力を隠すのに、うってつけの場所なの。破壊する時も同じ」
食えない笑みで彼女は微笑む。
けれども俺は危険だと思った。きっと前王が殺された動機と、魔灯は繋がりがある。
その果てに自ら行こうだなんて。第一彼女を信じないわけではないが、その洞窟が本当に存在するのかも分からない。
「エーベルト先輩」
どこか困ったようにマルセルが言った。
「一緒に行きたいでしょうが、あなたには僕と来てもらいます」
俺がむっと眉を寄せると、マルセルは淡々と当たり前のように告げた。
「魔灯を探すのも危険ですけどね、聖ドルムト協会に入り込む方が、彼女にとっては危険ですよ。人がたくさんいますからね」
妥当だ。至極妥当過ぎて反論もできない。というかする気にもなれなくなっていた。
「第一、僕とあなたが協会に潜るのが妥当でしょう。僕はあの建物に出入りしたことがあるし、内部をよく知っている。仮に王宮関連の問題があったら、あなたの経験が役に立つ」
「――分かったよ。じゃあ、彼女には」
「心配ご無用! わたしがついていくから!」
リナリアが明るい声でどんと胸を叩いた。彼女はついでマルセルを見やる。
「それでいいんでしょ? マルセル」
「……うん」
マルセルは少しだけ考えた後、頷いた。
スノウベルがわずかに顔を綻ばせる。「良かった、一人はさすがに不安だもの」とこぼしている。ああ、かわいいんだけど心配だなあ。
何が心配って、アルフレッドとスノウベルが鉢合わせしてしまうことがだ。
あの王様が魔灯を破壊しようと、自らやってくる可能性もなくはない。まあ今はそんな余裕はないだろうけれど――父の意志を尊重したいとか言って――あいつなら優先しかねないのだ。
「リナリア」
俺はじっとリナリアを見据えた。
「もしもアルフレッドと会うようなことが会ったら――話してくれ。スノウベルのこと」
「もちろん」
にっこり笑うリナリアの瞳が、一瞬揺れたのを俺は知っている。彼女は恐らくアルフレッドを恐れているのだ。俺が一緒に行けたら、俺自身が話してやれたのに。
「カイン」
やさしい声音が割って入る。ふと見れば、スノウベルが温かな目でこちらを見ているのだった。一番辛いのはこの子だろう。この一連の問題の引き金となったのは彼女だ。なんにも知らないような顔をして、時に悲痛なものを瞳に宿す少女。俺はこの子の力になりたいと、いつでも願っているのに。
「また目が怖くなっているわ。あなたっていつもそうなのね」
じっと見つめられ、ゆっくりと彼女の美しい瞳が細められる。
俺はその瞳に吸い込まれそうになってしまい、ただ小さく息を吐いた。今、世界はこの子の敵なのだ。離れたくなかった。できれば傍で一緒に戦ってやりたかった。
「わたしがどれだけ強いか知っているでしょ?」
安心させるように、喰えない笑みで彼女は笑う。
俺はようやく、どうにか笑い返すことができた。それが懸命に現実と向き合っている、彼女への敬意の表し方だと思った。
「気をつけろよ、スノウベル。もし殺されそうになったら、容赦は不要だ」
「嘘つき。――いいわ。あなたも気をつけてね」
にっこり笑って、スノウベルは告げた。
本当は人殺しになってほしくない。そんな俺の本心を読んで、それでも彼女は覚悟を決めた。
美しい女性だと思う。
そうして名残惜しくも俺達は別れた。
俺とマルセルは聖ドルムト協会へと。
リナリアとスノウベルは虹のふもとの洞窟へと。
リナリアは最後まで、少しごねていたが、今生の別れみたいだとマルセルに言われ、はたと絡むのをやめていた。まあまた会えると思った方が身のためだ。
俺とスノウベルにとっても。
そんな訳で、俺達は別々の方向へ歩き出した。
*
聖ドルムト協会は、古くからある組織だ。王室と魔女は大昔から敵対していたと言われているが、その間をとりもつのが協会である。まあ体裁は。
魔女がほとんど滅びたとされる今、中立なんてのは表面上だけで、協会はほぼ王家の肩を持っていると言っていいのだと、マルセルが教えてくれた。
一種の宗教のようなものかとも思ったが、城の人間も出入りし、その上組織の一員になっている者もいると聞けば、宗教ともまた違うことが分かる。とにかく様々な思考を持つ人々が入り乱れる、複雑な場所と言う事だ。
表面上は国のバランスを保つと言いながら、裏では王家の肩を持ち、あるいは今回の王殺し騒動に関わっている危険な組織であるというのが、マルセルの私見らしい。
俺も王殺しの件については同意だ。大体スノウベルが犯人と決めつけられた時点で、何もかもがおかしいのだ。
この聖ドルムト協会というのは、国の西に建つ巨大な塔のような建物である。城の要人も時たま出入りするらしく、造りはしっかりしている。まさか正面からは入れるまいと思っていると、マルセルが裏口を教えてくれた。
「裏口と言う名の、隠し通路です」
少年が小さな扉を押すと、それは重そうな音を立てて、ぎいいと開かれた。中は真っ暗だ。
「古い戦争の時代に、もしもの時の逃げ場所として作られたそうです」
「つまり普段は使われないと」
協会は明るい陽射しの差す立派な建物だと、アルフレッドが話してくれたことがあった。一度視察に訪れたことがあるらしく、大層立派だが、肌には合わない場所だと言っていた。
中は筒状の通路になっている。塔の形状に沿っているが、どこかから中央へ入れる別の通り道があるのだろう。
「こっちです」
マルセルが促すので、俺は大人しくついて行った。
しばらく歩いて行くと、しっかりとした造りの螺旋階段が見えてくる。マルセルは当たり前のようにそれを昇っていくので、俺も剣の柄に手を掛けながら、鋭い目をして歩いて行った。
階段はあまり明るくなかったが、途中に灯り取り採りの窓があった。
そこからひどく明るい光が漏れている。
「ほら、見て」
俺はそこを覗き込み、はっと息を呑んだ。
視界の先に、大きな吹き抜けの広間が見える。吹き抜けと言っても五階ほどだ。この塔はざっと三十階ぐらいの高さだと思うから、こうした広い空間が上にも続いているのだと思った方がよさそうだ。
辺りにはローブを着た賢人のような人たちがたくさんいて、思い思いに言葉を交わしたり、何かを研究しているのか、本を手に真剣そうな顔で机に向かっているのだった。
「協会ってこんなところなのか」
「そう。いい人も悪い人も混じってる。複雑な場所です」
言いながら、マルセルは息をこぼした。
「恐らく秘密があるとしたら上の階です。でもこの先に行くには、一度広間を通らなくちゃいけません。もし僕たちがお尋ね者だとばれたら……」
マルセルは眉をひそめた。
「事態はもっと面倒なことになりますよ。どうします?」
「俺は行くよ」
迷いなく、俺はマルセルに頷いてみせた。ここまで案内してくれた、感謝の意味も込めて。
もし危険な目にあったら、その時のことを考えて――俺は剣の柄をより強く握りしめる。
「言っておきますけど、剣を抜かないで下さいよ。大問題になります」
「大問題」
俺が繰り返せば、はぁ、と彼は困ったようにため息をついた。なんだよその顔。失礼だな。
「ここは表面上不可侵の領域なんです。王家でも侵略することは赦されません。魔法の研究所とも言われますが、物理的な武器の実力行使は禁止とされています」
俺は眉を潜める。なんだか普通の場所ではないと思っていたが、まあルールはルールである。
「なんだか納得いかないけど、まあ分かったよ」
「じゃあ行きましょう」
俺達は何食わぬ顔をして、広間を抜けることにした。さらに上へ続く螺旋階段は、反対側にあると言うのだ。
たまに視察に来る騎士もいるらしいから、俺もそんな雰囲気を出せば大丈夫だろう、と信じる。まあ顔を知っている者がいたら終わりだが、ここには知り合いはいないはずだ。




